ぬれていると気持ちいい……? 『耳アナーキー・カタヤマの耳かき日記』第1回

連載・コラム

[2018/6/7 11:45]

第1掻き 初めての濡れ場

今日は、原稿の締め切りが迫った夜。プロとしての仕事をするなら、とてもじゃないが帰宅して風呂に入って寝るなんてことは叶いそうもない。

こんな日があるから、お泊りセットが入ったポーチをいつも持ち歩いている。なかには歯みがきセットに洗顔料、目薬、そして綿棒。

21時が過ぎ、22時、23時、ついにてっぺん、もうだめだ。追い込まれて心身ともにヘトヘトだ。

そんなとき、俺はひとときの休息を求めて応接間のソファへと体を預ける。そして右手には綿棒。

綿棒は、耳の穴を掃除できるだけでなく、癒しであり、最高の官能を与えてくれる恋人以上のパートナーだ。

1週間に2回と決めて耳を掻いている俺だが、今日は丁度、その約束の日。

それでは今宵のパートナーを紹介しよう!

綿棒メーカー・三洋『国産良品 ぬれている方がいい綿棒50本(1本包装)』

こいつの魅力は、やはり濡れている点だろう。ウェブでこいつの名前を見つけたときは驚いた。「ぬれている方がいい」って(笑)。それまで、普通の綿棒しか経験のなかった俺は思わず苦笑い。

そして、心から「ん~、どちらかといえば、濡れている方がいいかな」って言いたいという一心で即購入。

では早速、使ってみるとしよう。

そうか乾燥を防ぐために、1本1本梱包されているのか。

ピリッ、

封を破って気が付いた。

んっ? なんだ、この香り。

フ~ンと鼻から大きく吸ってみて感じたのは、フレッシュなペパーミントの清涼感。それは眠気を伴う時間帯にはたまらないスパイス。

そのあまりの清涼感に、俺は耳穴という名の汚い家に、名家のお嬢様をこれから連れこむような罪悪感すら覚えた。

とはいえ、もう俺の耳は濡れたくて濡れたくてどうしようもないといった様子。綿棒が乾き始める前に本番へ移るとしよう。

右手の人差し指と親指で軽くつまんで、耳の穴へと近づける。

ゆっくりと、ゆっくりと。

耳にとって綿棒とのファーストコンタクトは何よりも崇高な官能体験だから、

ゆっくりと、ゆっくりと。

感じる。耳穴の入り口に生える産毛まで距離2ミリ。

そして。

ふぁ♪

フェザータッチのごとく

ふぁ、ふぁ♪

耳と綿棒の先。直径わずか1ミリにも満たない触れ合いで、全身の筋肉の緊張がほぐれ、脱力した。

まさか、イッたのか!?

嘘だっ!!

今まで、何回掻いてきたと思っている!? 一瞬混乱したが、すぐに理解した。

そう、これがペパーミント効果なのだ。

名家のお嬢様だと思っていたが、とんだ食わせ者だったようだ。

しかし、まだまだ耳を掻く余力は残っている。ここはまだ自宅の玄関。汚れきったリビングを見ても、同じ表情でいられるかな。

さて、2ラウンド目へと移ろうじゃないか。

今度は一気に穴の中枢まで運んでみた。

部屋の隅々まで、俺の全てをさらけ出す気持ちで、お嬢様に見せ付けてやった。

どうだ!!

……

……ふぁ♪

まて、まってくれ! 乾ききった耳垢に適度な水分が含まれて、耳垢たちがストレスなく綿に身体を委ねているのが、見なくてもわかる。

こいつめ! 頑固者、いわば職人気質の俺の耳垢たちをこの短時間で手なずけやがった。

それにしても何て包容力と吸着力だ。築30年のボロアパートの一室が、三軒茶屋駅徒歩3分のデザイナーズアパートの一室に変えられてしまった。

わかった、わかったよ。認めるよ。お前のことが好きだ。お前はすごい綿棒だよ。

何? 今までの綿棒と比べて?

「今までの乾いた綿棒も悪くなかったけど、どちらかといえば、濡れている方がいいかな」

多くの人が寝静まる深夜1時。適度な脱力が残る中、再びプロの仕事人として原稿を打ち始める。

うっすらと開けた窓から入ってくる風が耳を通るたび、耳内で余韻を残したペパーミントが心地よい清涼感を再び感じさせてくれる……。

耳アナーキー・カタヤマ