『たのしいドルヲタ図鑑』【2人目:アイドル、そしてプロレスから人生を学び作品に昇華する 漫画家の鈴木詩子さん】

連載・コラム

[2015/11/20 17:00]

2人目:アイドル、そしてプロレスから人生を学び作品に昇華する 漫画家の鈴木詩子さん

 今や日本中、いや世界中に生息するドルヲタ(アイドルヲタク)たち。本連載では、そんなドルヲタの中でも特にエッジが効いた、個性的な人々を紹介していく。今回紹介するのは、ハロー!プロジェクト(以下ハロプロ)を敬愛する漫画家の鈴木詩子さん。代表作は『女ヒエラルキー底辺少女』(2009年)。可愛らしくポップな絵柄や、人間の内面をリアリティたっぷりに描き上げる作風が特徴的である。

鈴木詩子さん

    出身地神奈川県
    星座おうし座
    血液型B型
    趣味プロレス観戦
    現在の本現場在宅のため、なし
    属性以前は現場系ヲタ、現在はぬるい在宅
    鑑賞スタイル基本的にはじっくり鑑賞し応援するが、気持ちがあふれ出ると踊ってしまう

    自分が漫画家になるとは思っていなかった
     「まさか自分が漫画家になるとは思ってなかった」と語る鈴木さん。「もともとは演劇の作・演出をしていたんですが、人間関係のトラブルがあったり、少し面倒くさいところがあって。でも私はお話を作ることが好きだったので、 “漫画だったら登場人物は私の思いどおりに動いてくれるし、誰にも文句言われないかも”と思って初めて描いた漫画を投稿したらヤングサンデーで新人賞をいただき、デビューしました」。なお、デビューしたての頃の漫画の内容は下ネタ。「下ネタというか性の話って、人のパーソナルな面が出るじゃないですか。私の場合は普通に青春ものとか描くよりも自分の内面が出せると思ったので、ゆるい下ネタからきつめの下ネタまで必死に描いていました」だそうだ。実に読んでみたい。

    漫画を描いているときの鈴木さん。ペン入れまでは手書き、そのあとはパソコンで作業をするそうだ。

    おニャン子クラブの人間関係を妄想する小学生時代
     鈴木さんが初めてアイドルに興味を持ったのは小学生の頃で、当時流行していたおニャン子クラブがきっかけだそうだ。おニャン子クラブ内でユニットやソロデビューなどがあるとそれぞれのメンバーに感情移入し、女同士の嫉妬や人間関係を妄想するという、小学生ながらも一風変わったスタイルで鑑賞していた。推し(※)は河合その子で、ライブ映像が収録されたレーザーディスク『その子 元気です。』(1986年)をお小遣いで購入し、何度も観たという。また、当時はクラスメイトたちのあいだで漫画雑誌『りぼん』などのロマンティックな少女漫画が流行していたが、鈴木さんは岡田あーみん[※※]の作品を偏愛。影響を受けた漫画家は楳図かずおや大島弓子で、「感情があふれ出てしまうような作品が好き」と語る。
    [※推し……“イチ推しメンバー”の略で、グループ内で特にひいきして応援しているメンバーのこと]
    [※※岡田あーみん……『りぼん』で連載していたギャグマンガ家。“少女漫画界に咲くドクダミの花”の異名を持つ]

    あややをきっかけにハロプロに目覚める
     大人になった鈴木さんは『松浦亜弥ファーストコンサートツアー2002春「First Date」』(赤坂BLITZ)で初めてアイドルの現場へ足を運ぶ。「“あやや”(松浦亜弥の愛称)がステージでブランコに乗ったりシャボン玉を飛ばしたりしててすっごい可愛かったんですよ。しかも当時16歳なのに、曲間でも表情を変えずに歌の世界に入り込む姿を見て“女優だなぁ”と思って、非常に感動しました。最初は“こんなに若い女の子を観に行くなんて……”という罪悪感もあったんですけど、ステージを観たら“そんなつまらないことを気にして、こんなに素晴らしいものを拒否するなんてできない!”と思って、そこからどんどんハロプロにハマッていきました」。

    自分の力で奇跡を起こすももちを尊敬
     松浦亜弥をきっかけにハロプロにハマッていった鈴木さんは、ハロプロ内のユニット、Berryz工房にもデビュー前から注目。なかでも“ももち”こと嗣永桃子のことが気になっており、Berryz工房の初の握手会でももちと接触する。「握手会って、時間が経つとだんだん一定のリズムになって、流れ作業のような感じになってしまうことが多いんです。でも私の番が回ってきたときに、ももちに“アイドル性抜群ですね!”と伝えたら、彼女は私の目を見て1拍置いてから“ありがとうございます”と言ってくれたんです! 1拍置いてリズムを崩すことによって“私はあなたの言ったことを理解しました”っていうのが伝わってきて、ほかのメンバーとインパクトが全然違ったんですよ。それを小学5年生の子が自然にやるなんて……“おそろしい子!”と思って(笑)、完全に心を盗まれてしまいました。当時ももちはヲタの間でイジられたりからかわれたりしてたんですけど、そういうヲタがももちと実際に握手すると、心を掴まれて次々にももち推しになっていくんですよ。それを見て私は“この子は自分で奇跡を起こしているんだ”って感動したし、そんなももちをずっと尊敬しています」。鈴木さんはももちをモチーフにした漫画『ごめんねももち』『地獄から戻ったももち☆』(同人誌『推しメン最強伝説』(2011年)『推しメン最強伝説2』(2011年)に収録)も執筆している。その作品からも、幼い頃からももちを見守る鈴木さんの愛情が伝わる。

    右から『推しメン最強伝説1』『推しメン最強伝説2』

    Berryz工房のデビューシングル『あなたなしでは生きてゆけない』

    辻ちゃん、加護ちゃんへの想いを漫画に
     松浦亜弥、Berryz工房のほかに鈴木さんが応援していたのはモーニング娘。だった。なかでも“よっすぃー”こと吉澤ひとみ推しで、2000年に加入した吉澤と同期の4期メンバー(加護亜衣、辻希美、石川梨華)を特に応援していた。ところが、加護の喫煙報道(2006年)や辻の妊娠・結婚報道(2007年)により、それまで純粋にアイドルとして見ていたふたりへ複雑な感情が芽生えてしまう。その想いを消化するために生まれた作品が『ず〜っと一緒ね♡』(2008年)だ。「生々しいスキャンダルが報道されて、とてもショックでした。でも私のなかでふたりはすごく大事な存在なので、自分の気持ちを整理するために漫画にしました。加護ちゃんは喫煙が報道され、辻ちゃんは結婚し……ふたりは離れてしまったけれど、ふとしたときにお互いのことを思い出して涙するときもあるんじゃないかなって想像しながら描きました。自分の漫画のなかでも特に思い入れのある作品になっています。私は漫画のストーリーを作るときは、本当に伝えたいことを骨組みにしながらフィクションで肉付けしていくことが多くて、この作品もそういった形で作りました」。この作品は単行本『女ヒエラルキー底辺少女』(2009年)に収録されている。

    『ごめんねももち』より。ももちの必殺技も登場する。

    『ず〜っと一緒ね♡』より。辻ちゃんと加護ちゃんをモチーフにしたキャラクター。

    鈴木さんのポリシー“自分がちゃんとしていないとアイドルにも会いに行けない”
     鈴木さんは「アイドルに背中を押してもらったり元気をもらっている分、自分がちゃんとしていないとアイドルの子たちに会いに行けない」と自身のポリシーを語る。「自分が仕事や生活を頑張っていないと、素晴らしいものを観たときに“私は何も成し遂げてないのに、こんなに素敵なものばかり見せていただいて申し訳ない”という気持ちになって、恥ずかしくなってしまうんです。やっぱり自分もちゃんと頑張ったうえで、胸を張って現場に観に行きたいという気持ちがあります」。そんなストイックな鈴木さんは、初の単行本の発売が決定したとき、初めて遠征することを自分に許したのだ。

    何よりも嬉しかった、よっすぃーからの「おめでとう」
     そんな鈴木さんの初めての遠征は、推しであるモーニング娘。の吉澤ひとみのカジュアルディナーショーだった。「素敵なライブを観たあと、握手会でよっすぃーに“初めて単行本を出すことになって、そのご褒美で(東京から)博多まで来ました”と伝えたら……しっかりと目を見ながら“本当におめでとうございます”と言ってもらえたんです……。よっすぃーからの “おめでとう”の言葉が何より嬉しくて、半泣きになりながら帰りました。これは今までで1番の思い出ですね」。なんて美しいエピソードだろうか。鈴木さんにとってアイドルとは、人生と密接に寄り添い、自分を励ましてくれる存在だということがよくわかる。

    2014年頃からプロレス熱が加速!
     そんな鈴木さんがアイドル以外で急激にハマったものがある。それはプロレスだ。「ラジオ『オードリーのオールナイトニッポン』を聴いていたら、番組内で若林(正恭)さんがプロレスにハマッていく過程を分かりやすく面白くお話していて、興味を持ったんです。それから動画やDVDを観たり本を読んで勉強して、2015年1月4日の東京ドーム大会で生観戦デビューをしました。その試合に感動してのめり込んでしまって、それからは東京で行われた試合はほぼ毎回観に行っています!」。プロレスラーでの推しは棚橋弘至選手(新日本プロレス)と田口隆祐選手(新日本プロレス)だそう。棚橋選手の魅力は自身の漫画『プロレスエンジョイダイアリー』でも描かれている。やはりこの作品においても、自身のあふれる感情を作品で表現する鈴木さんの魅力を存分に味わうことができる。

    棚橋選手のオフィシャルグッズでキメてくれた鈴木さん。タオルは本人からのサイン入りだ。

    プロレスラーをアイドルに例えると?
     ここで、アイドルヲタからプロレスヲタへと変貌を遂げた鈴木さんに、アイドルをプロレスラーに例えてもらった。

    道重さゆみ(モーニング娘。)→真壁刀義選手(新日本プロレス)
    「道重さんがバラエティ番組に出演してモーニング娘。の活動をアピールしたことと、真壁選手が“スイーツ真壁”としてテレビ番組に出てプロレスをお茶の間に広げたということが共通していると思います。また、真壁選手の“ゴリゴリ”した攻めの昔ながらの試合スタイルと、道重さんのナルシストキャラで“ゴリ押し”するスタイルは、アイドル界とプロレス界では王道スタイルなところが似ていると思います。おまけにふたりとも本当は優しくってチャーミングなところも似ていると感じますね」。

    嗣永桃子(Berryz工房)→飯伏幸太選手(DDTプロレスリング兼新日本プロレス)
    「ももちと初めてした握手の衝撃と、飯伏選手の技“フランケンシュタイナー”(※)を初めて観たときの衝撃が一緒でした。それに、飯伏選手は子どもの頃からプロレスラーになるのが夢で、朝礼台から技を繰り出したり校庭で受け身の練習をしていたらしいんです。そうやってケガをしないための受け身を自己流で編み出して、今でもそのやり方で闘っているんですね。それって、ももちが子どもの頃から自分なりのやり方でここまで有名になったことと近いと思っていて。両者も、自分で編み出したスタイルで、自分自身で奇跡を起こしているところが共通していると思います」

    [※フランケンシュタイナー……プロレス技の一種。正対した相手に向かって跳び上がり、相手の頭部を自らの両足で挟み込みそのままバック宙の要領で回転しつつ、相手の頭部をマットに叩きつける技]

    アイドルやプロレスを細かく考察している鈴木さんならではの、分かりやすく興味深い例えである。

    アイドルとプロレスの共通点
    プロレスから学んだ“受け身”の重要さ
     アイドルとプロレスという一見真逆に見える職業だが、先ほどの人物で例えてもらったように共通点はたくさんあるようだ。「アイドルもプロレスラーも、その人の生き様や覚悟を見せてくれてそれが感動を生み、観ている人に勇気を与えてくれるところが1番共通していると思います。また、歴代の選手やメンバーの歴史を知っているとストーリー性に深みが増して、より自分のなかに立体的な物語として入り込んでくるのが両者の面白さでもあります。さまざまな選手やメンバーの“成長ドラマ”があって、そこに自分を重ね合わせて観られるところも面白いんです。両者も学ぶところがたくさんあって、人生のうえで大切なことをたくさん教えてくれます。例えばプロレスって“受け身”がとても重要なんですよね。自分がやられることによって相手を光らせることができるんです。敵同士でも心の奥底では信頼関係があるからこそ、お互い安心して大技が繰り広げられるんじゃないかなって思います。それは人間関係でも同じで、私も相手のことを光らせるつもりで生きていこうと心がけるようになりました」。

    鈴木さんの心の一節
    「人生ってすばらしい ほら誰かと 出会ったり恋をしてみたり Ahすばらしい Ah夢中で 笑ったり 泣いたり出来る」

    モーニング娘。『I WISH』

     これはモーニング娘。の曲『I WISH』(2000年)のサビのフレーズだ。鈴木さんはこの曲を聴くと自然と涙してしまうこともあるくらい、思い入れのある曲だと語ってくれた。鈴木さんはアイドルやプロレスを、人生とともに存在するものとして大切に想っている。そして、その気持ちを自らの武器である“漫画”という形で惜しみなく表現しているのだ。そんな彼女の熱い想いは、多くの人の心に響くことだろう。今後の活躍にも乞うご期待だ。

    【鈴木詩子さんの今後の活動】

    [耳マン編集部]