『耳マン』がオープンしたからローバー美々に祝ってもらいたい!

特集・インタビュー

[2015/11/5 11:30]

ある日の『耳マン』会議。突然、変な気持ちが沸いてきた。

Oh!!ビーフ(帽子):やっべ!!やっべ!!! サイトオープンするしローバー美々に祝われてぇぇぇぇ!!!!! 何してるのかわかんねーけど会いに行きてぇ!!!!!

榊ピアノ(♀):(うるせー)

所長(Yシャツ):やっぱ健康第一だな!うん! じゃあO君、行ってきて。よろしく。


そんなこんなで『耳マン』研究所(編集部)の永遠のボーイ、研究所のキャップことOh!!ビーフがローバー美々に会いに行ってきました。ただ単に“ミミ”で彼女を思い出しただけで……。


ローバー美々、知ってる?
というか、みんなローバー美々を知っているのだろうか? ローバー美々は1994年から1996年まで放送されたバラエティ番組『ロバの耳そうじ』に出演していたセクシーキャスター。いや、エロキャスターだ。真剣にニュースを読みながらお股を開くという芸で、僕たち男子に夢を与えてくれていた人である(なんだこの説明)。30代なかばの私はドンピシャ世代で、親にバレないようにこっそりとテレビで観ていたもの。

このポーズでお馴染み。

Twitterで連絡してみた
そんなローバー美々、調べてみるとTwitterをやっている! 早速フォローして「お仕事をお願いしたくDMを送りたいのでフォローバックお願いします!」とツイートしてみた。するとすぐにメッセージが!

うおー!返ってきた! 僕はローバー美々にやってもらいたい! あの垂れ幕で『耳マン』のオープンを祝ってほしい!! でもいきなりそんな失礼なお願いできるわきゃない。後日、電話でとにかく取材のお願いをしてみると「全然いいですよ〜♡」のお返事がっ! よっしゃ!

ゴールデン街で密会
電話やメールでやり取りをして、取材場所として指定されたのはゴールデン街のバー。漂う昭和的エロス! なんだかもう、すべての看板がエロく見える!

バー『ASYL』に到着!
取材場所はゴールデン街のバー『ASYL』。K-POPにすごく詳しくて“コーヒー占い”なるものの達人がマスターをやっているようだ。コーヒー占いってなんだ? やばい、気が散る。ローバー美々に集中しなくては。

ローバー美々とご対面!
ドアを開けると……うおー!ローバー美々がいるェ! カウンターの奥でおピンクのカクテルを飲んでいる! カウンターにはなんだか瓶もたくさんあって……もうなんでもエロく見える! 助けて!(完全に気のせい)

ローバー美々とカンパイ
うおー!本物のローバー美々だぁ! すごい感動。編集者になってよかった。ご挨拶も早々にカンパイするも……「チーン!」って響きがエロイィィ!! やめてー!!

ローバー美々誕生秘話
美々さん(ここからは美々さんと呼ぶよ!)に聞きたいことがたくさんある。やっぱり気になるのはローバー美々時代の話だ。早速インタビューを敢行! どんな経緯であの仕事をするようになったのですか? ほろ酔いモードでよろしくお願いします!

「もともと“かわのえりこ”っていう名前で教育番組のお姉さんをやっていたんですけど、仕事がない日にはこっそりレースクイーンをやったりもしてて(笑)。なんとなく心の中で清楚とセクシーの融合っておもしろいかなって思っていたんです。そんなときにローバー美々のオーディションの話があって。“シャロン・ストーンがニュースキャスターをしてるイメージのキャラクター”だって聞いて行ったんですけど、オーディションを終えた女子たちがみんな暗い顔してるんですよ(笑)」

なんだなんだ?そのオーディション? 一体どんなことが行われたんですか?

「プロデューサーに『原稿を読んでくれる?』って言われるんですけど、そこにう●ことか、ち●ことかもっとエッチなことが書いてあって……(笑)。まずはそれを笑わないで真剣に読まないといけないんです。でも私は本気だったし、教育テレビで原稿も読んでいたから何とかクリアできて。そしたら次は『指を鳴らしたら足を組み替えて』って! 『なにそれ〜!』って思いながらもそれも合格できたんですけど……最後は『じゃあつま先を揃えたまま股を開いて』だったんです(爆笑)! ビックリしたけど思い切ってやってみたらプロデューサーが開き具合をメジャーで計るんですよ(笑)! その開き具合も……完璧だったらしいんです♡」

ローバー美々として一世を風靡
その後の活躍はご存じのとおり。美々さんの活躍もあって『ロバの耳そうじ』は人気番組となり、1996年には日本テレビの大晦日(年またぎ)の番組に抜擢された。美々さんはそこで“開脚神社”という企画を担当。参拝者(?)が柏手を打ったら股を開くという内容で、1996回も開脚したという。なかには股間めがけてお賽銭を投げてくる人もいて大変だったとか(すごい時代だ……)。

麻木久仁子とか大桃美代子になりたかったらしい
人気絶頂の美々さんだったが母親にはとても怒られたそう。母親は芸能界自体に反対だったようだが、「キャスターになってニュースステーションに出る!」という美々さんの強い思いを受けてしぶしぶこの世界で働くことを許可。しかし、気がつけば開脚キャラに……。「ホントは麻木久仁子さんとか大桃美代子さんとかそういう人になりたかったんですけどねぇ。まぁ、どちらもいわくつきですけど……(笑)。とにかくずっと母親には怒られてましたね」

ブームの終焉、韓国へ
自分でも人気は一時的なものだと認識していたそうだが、やはりブームが終わるとたくさんの人が離れていった。だがそんな美々さんの側にいてくれたのが韓国出身のタレントや飲食店の人たちだったという。「『ロバの耳そうじ』が終わったあとはカウガールってグループでデビューしたり、モノマネの番組に出たり、ヘアヌードをやったりもしました。でもこの業界はシビアだからチヤホヤしてくれた人たちはみんな去って行って。そんなときでも繋がりのあった韓国のタレントさんとか料理屋さんの人とか、そういう人たちは離れなかった。それで、“この人たちともうちょっと距離を縮めたい”って思って、韓国語を勉強しに1990年代後半に韓国の大学に行ったんです」

そして韓国エンタメ、K-POPにどっぷり!
やはり留学当初は言葉がわからなかったため、テレビで音楽番組をずっと流していたらしい。その影響で美々さんはどんどんK-POPにハマっていったようだ。「音楽って言葉がわからなくても楽しめるじゃないですか? だからK-POPにどんどんハマっていって。それでもう今はK-POPにどっぷり! あの頃は日本でブームになるなんてまったく思ってなかったですよ!」


……ってな感じで色々とお話を聞かせてもらっているうちに、韓国エンタメやK-POPにとってもお詳しいことが判明(K-POPのダンスイベントの司会などもやっていたり)! ということで、美々さんが身をもって体感してきた韓国エンタメの素晴らしさを教えていただく連載『美々の耳〜韓国エンタメが好きだから〜』も本サイトでスタートします(ちゃっかり)! めっちゃ偶然! ありがたやぁ。



いよいよ……運命のとき!!
さてさて宴もたけなわ、ついにあれをお願いするときがきたようだ! 単刀直入にいくしかないな、これは!



「開脚のポーズで『耳マン』オープンのお祝いをしてくださいぃぃぃ!」



「え〜! どうしましょう……」

からの〜!!!



ウェ〜イ!!!!

ウェ〜イ!!!!



ローバー美々さん、本当にありがとうございましたぁぁぁ!!!



縁起がいい
こんなに「オープン」という言葉が似合うタレントさんはいない。そんな美々さんからエールをいただいた『耳マン』。こりゃうまくいくでしょ。こんな感じでこれからも一生懸命やっていきますので、みなさん応援してくださいね。

耳マン編集部