【浪人時代やった喫茶店のバイト】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第8回

連載・コラム

[2016/2/24 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第8回】浪人時代やった喫茶店のバイト


 いい加減な気持ちで臨んでいたのはバイトの勤務態度だけではない。人生のあらゆるものに対しての考え方がナメていたため、勉強なんかもちゃんとやるわけがなく、当然のように大学受験に失敗し、自宅で一年間浪人することになった。家で勉強生活開始直後の春先、どうしても3万円ほど金が必要になり、やむなく市内の喫茶店でバイトした。時給440円とかその程度だったように思う(安いとはいえ1987年当時の北海道では並の金額)。喫茶店なんてコーヒー作って持ってく以外有線で好きな曲かけてダラダラしてればいいという、楽でいい加減な仕事のイメージで勤めだしたら、マスターが市内で飲食店を何軒も経営していたやり手だったため、蝶ネクタイのついた完璧なウェイター服の着用を義務付けられ、挨拶の声の大きさからお盆の持ち方の角度から必要以上に厳しく教育され、社員教育の段階でここで働くのが嫌になるほどうんざりした。マスターの熱血指導を受けながら、心のなかでは「田舎の喫茶店でここまでキッチリした接客誰も求めてねえだろハゲ」と不遜なことだけ思い、胸中で激しく顔を顰めた。完全に働く店選びをしくじったと思ったがもうどうにもならんので、20日間ほど心と脳を氷漬けしたつもりで手足だけ動かすことにした。

 マスターは年の頃なら50代、団塊の世代を絵に描いたようなずんぐりむっくり体型のよくいる昭和の豆タンクだ。基本店にはいないが、ときどき折りを見て新人(俺)が粗相しないか監視にやってくるためだけに生きていて、心底タチが悪かった。使用人どもには明朗な部分を一切見せず、重箱の隅を電子顕微鏡で見てドリルで掘削するような細かすぎて気が遠くなる指示ばかり出し、小舅のように小うるさく嫌味で狭量でハゲでホントハゲでマジハゲ死なねえかなと全バイトの5割から思われていた。店にいるのはチーママ的に店を任されている化粧の濃いババァのパートと俺の2名のみ。そう、全世界を代表して俺があのハゲを全力で呪っていたのだ。

画:掟ポルシェ

 客のコップのお冷が減っていたが、もう帰り際だったのでもう注がなくていいだろうと俺がそのままスルーしていたところ、直後マスターにものすごい剣幕で怒られた。「なんで出口まで追いかけて行って水を注がない!?」と。帰るっていってもう席立ってんだろハゲ! 立った体制で水飲まされる客の身にもなれハゲ! と怒られているあいだずっと思っていた。多分顔にもものすごく出ていたと思う。ヒマな時間もなんかしら手を動かしてないとマスターが発狂するので、同じコーヒーカップを何度も洗ったり拭いたりして本当に無駄だった。

 プードルと人間が悪魔合体したようなパーマをかけたチーママのババァは、やる気の全く感じられない俺に声を荒らげず仕事を教えてくれたり、ガイコツ人形激似の見た目以外はとてもいい人だった。柔和な割には言うことが的確で、俺の高校時代の同級生女子が何人か訪ねてきた直後、「アンタの学校は~、可愛い子が本当にひとりもいないねぇ~」と一撃で評してみせた。確かに俺たちの学年は「ブスの当たり年」と言われていたほど、女子のルックスが壊滅的だった。数名のサンプルを見ただけでその事実をクリティカルヒットしてくるので、そのときだけは爆笑した。

 客が来すぎるとフロアが俺ひとりしかいないので足がもげるほどキビキビ動かねばならないが、客が来なくてヒマなときのほうが時間が経たなくて何倍も辛かった。マスターがいないときはババァとふたりきりで雑談して時間を潰せばいいわけだが、なんせ相手がババァなため抜群に話がつまらない。「アンタは音楽好きかい? 私もだよ。やっぱりハワイアンは最高よねぇ」と、乗っかれない話を選んだように持ってくるので、心底ババァだなと思うしかなかった。俺が「バッキー白片、いいッスよね!」と反応するとでも思ったのだろうか。ヒマつぶしの時間さえ本当に苦痛で苦痛で、とにかく3万円貯まる日を指折り数えて働いた。

画:掟ポルシェ

 20日間ほど経過したある日、ついにバイトの時給の合計が3万円に達したのを確認。給料日を待たずして、そこからは晴れて無断欠勤した。あの薄暗いなかに悪狸とガイコツがいる薄汚れた巣穴に客として行くことは絶対にないので、マスターから電話がかかってきても心置きなく居留守を使い、数日後「やっぱり辞めます!」と、元気よく官製ハガキに書いて送りつけた。電話で話すとまともな説教を食らうのは目に見えていたためだ。仕事を辞めるのにメール一本送りつける現代の若者を、俺は決して笑ったりしない。そんな無礼はすでに俺が四半世紀前に先取りしていたからだ。仕事をナメているということにおいて、俺は大先輩なのだ。

 給料日になっても当然のように3万円強のバイト代は振り込まれなかった。労働者の汗を踏みにじられたことに激昂し、怒りに震え、「お世話になっております。先日までのバイト料、合計3万1千数百円が私の口座に振り込まれておりません。できるだけ早く、振り込んで下さいますようお願いします」と、官製ハガキに筆圧強く書いてポストにぶち込むように投函した。ハガキの隅に、ちょっと鼻クソを付けてやった。数日後、郵便局に通帳記入しにいくと3万円強の振込があった。印字された金額の数字がうっすらかすれていたことに、マスターの「死ねお前」という意志が感じられたような気がした。


【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[耳マン編集部]