『味わいメンボ百景』個人情報を明かしすぎなやつ

連載・コラム

[2017/12/24 17:00]

インターネットの勢いに押されて数は減ったものの、いまだに音楽スタジオやライブハウスなどで確認できるメンボ(メンバー募集)の貼り紙。これらのなかには、これから始まるバンド活動への憧れや期待の大きさゆえ、少し空回ってしまった「味わい深い」ものも多くみられます。私たちに夢と希望、そして笑いを届けてくれるこれらのメンボは、ひとつの優れた作品なのです。

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個人情報の取り扱い

「個人情報」という言葉を見ただけで襟元を正す気分になる人は、きっと立派で真面目な人だ。2003年に個人情報保護法が成立したこともあり、いまではほとんどの人々が「個人情報=大事なもの」と認識をしている。なぜ個人情報が大事なものなのか。簡単に言えば悪用ができるし、金になるからだ。詐欺にだって利用できる。そんな大事なものだから、悪い人は個人情報の取得に躍起になるし、家や会社に嘘の電話をかけてきて、個人情報を聞き出そうとするヤカラだっている。残念で悲しいことだけれど、世の中には不正や悪事を犯してお金を稼ごうとする人がたくさんいる。そんな残酷な世の中なので、真心ブラザーズが『人間はもう終わりだ!』で歌っていたように、ボクのような気弱な人間は暴力が怖くて眠れない日々を過ごしている。

もちろん、そんなヤカラを野放しにしておけない。だからこそ法律が作られ、企業も個人情報の取り扱いには細心の注意を払っている。ただし、それ以前に個人個人が危機意識を持って自分の個人情報の管理をしなくてはならない。

ボクは田舎者だけど、母親から「東京は生き馬の目を抜くような場所だから、くれぐれも気をつけないや〜!」と100回くらい言われて上京してきたエリートなので、無闇に何かのサイトやキャンペーンに登録したりしないし、ネットで買い物もしない。ウイルスに感染して情報漏洩するのが怖いから、エッチなサイトを見るのも数日に一度と決めているし、エッチなお店に行くときも偽名を使っている。エッチなお姉さんは自宅に呼ばない。まさにセキュリティ意識の塊のような男である。ただそれだけに、メンボのように知らない誰かと繋がる必要があるとき、個人情報の取り扱いが悩みのタネになる。

~メンボ内容~
はじめまして どうぞよろしくお願いします。
バンドメンバー募集します。
当方エレキギターの男です。いつもさびしく1人で色々音づくりをアンプと向き合って練習しています。
-中略-
これを見て気になったかたはハガキ、手紙で下記住所まで連絡ください。なぜハガキ、手紙なのかというとイタズラ電話を防ぐためです。もちろん嘘、裏切り、暴力を振る人などNGです。イタズラの手紙もNGです。男女どちらでもOKです。
-〒○○○-○○○○東京都杉並区××××△-△△-△△
○○○○(フルネーム)まで

住所か……

なんだか独特な言語感覚をお持ちの方である。それは、まぁ、置いといて、問題は住所である。ハガキでメンボ。イタズラ電話よりもイタズラ手紙のほうがリスクが少ないだろうという判断は、切手代をかけてまでイタズラしないのでは、という判断からだろう。そこまで考えているのに、ハガキというメンドくさいメンボならお手軽にメールとかで他の人のメンボに応募しちゃうんじゃ……って考えないところがバンドマンらしくて◎だ。

それに、イタズラ手紙ならお金がかかるから来ないかもしれないけど、イタズラ突撃はあるかもしれない。やだなー!イタズラ突撃! そんなことされたらバンドどうこう以前に心が折れる。ヤベーやつが自分の住所を知っているって事実がもう怖い。ボクなら引っ越す。もちろんそんなリスクは考えたうえでの投稿なのだろうが、万が一そういう考えのない、訓練されていない田舎者なのであれば、早々に考えを改めたほうがいい。

なんにせよ、見ず知らずの他人に住所と名前を晒すなんて強気だな〜。そんなことを考えながら別のメンボに目をやると、同じく個人情報をモロ出ししているメンボを発見。なんだ?流行ってんのか? まぁ、いずれにせよ何か考えがあってやってるのだろう。どれどれ……。

~メンボ内容~
拝啓 未来のメンバーへ
初めまして 私は、○○在住23歳パチンコ屋店員(フリーター)の××××と申します。現在、ボーカル(××)とベース(△△<23>)でバンドを結成いたしました!
そこでドラマーを切実に募集しています!
ぜひ僕たちと楽しいロックバンドやりましょー!まってるよー(ハート)
個人情報
〒○○○-○○○○
東京都世田谷区○○○○○○×-××-××
TEL△△△-△△△△-△△△△
インスタ×××××××
学歴○○中学校

○○高校

○○大学

プー太郎

ウソでしょ?

ただのダダ漏れ。ただただ個人情報ダダ漏れである。機密情報のオンパレード。その公開になんの意味もなし。危機感とかないの? ないんだろ〜な〜。多分。実質ほぼ中卒のボクでさえ、ここまでの個人情報開示はヤバいとわかる。勝手ながら彼の大学の偏差値を、ボクの中でマイナス10させていただくこととした。

バンドマンなんてアホばっかりだと知っていたけど、ノリでここまでやっちゃうやつもいるのか。背筋に悪寒が走る。まぁ、見方を変えれば新卒チケットを破り捨ててまでバンドにかけてみようとするあたり、危機感なんか捨てたぜ!というある種の潔さが汲める。そういうバカ、嫌いじゃないぜ! 遠くから見るぶんには、だけどな! 正々堂々としているし「背水の陣」感がある。ボクが持っていない心の強さを感じる。

彼らにもっと危機感持ったほうがいいんじゃない?という思いを寄せるのは、バカバカしいことだろう。むしろ、逆に堂々たる生き様にどこか憧れのような気持ちも感じ始めた。清々しい。きっと、彼らの見てきた世の中に、それほど悪人などいなかったのかもしれない。それどころか、ボクや社会の人々は、実在しない目に見えない恐怖を想像してただ恐れているだけなのかもしれない。世の中は実は平和であり、悪人とは不安な気持ちが生み出した架空の者なのだ。アウトレイジはフィクションなんだ。

もしそうであれば、堂々と自分をさらけ出し、何にも怯えずにおおらかに生きる彼らこそが真の勇者なのだろう。そんな彼らを導き手として、ボクも見えない恐怖に怯えることなく、細かいことを気にせずに堂々と生き、エッチなサイトも毎日見て、エッチなお店も堂々と本名で行ける心の強さ、身につけたい!

いや、そうでもない。

[綾小路 龍一]