魅惑的な劇でも観たような余韻に浸らせてくれるアルバム〜ノヴェラ『魅惑劇』〜平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第158回:魅惑的な劇でも観たような余韻に浸らせてくれるアルバム
今回ご紹介するのはこちら。
ノヴェラ『魅惑劇』(1980年)
今やもうまったく商業的な成功とは無縁のジャンルとなってしまったプログレッシブロック。まあ時代を考えるとそれも当然で、複雑な曲構成に深淵な世界観、そして尺の長さと、本質や精神性よりも情報だけを得られればいいという人の多い現代人にははっきり言って向いていない音楽だろう(ある長いイントロを持つ名曲を、最近はイントロをすっ飛ばして聴く人が多いと先日聞いてショッキングだった。文化を廃れさせないためには鑑賞者も含めて感性を磨く必要があるのに)。
そんなプログレッシブロックというジャンルにおける日本でのパイオニア的存在、それが今回紹介するノヴェラというバンドだ。ノヴェラはディスコミュージックやパンク全盛の時代に登場し、プログレを商業的に成功させた第一人者で、その世界観と派手なルックスから女性人気も高く、ライブではゴシックな服装に身を包んだファンがあふれる、ある種独特の文化を築いていたようだ。もともとメンバーはハードロック畑の人でもあったため、純粋なプログレというよりはヘヴィなギターリフなども登場するプログレッシブハードロックといったほうが正しいかも知れない。ちなみにバンド名は僕も大好きなイギリスのプログレバンド・ルネッサンスのアルバムタイトルからいただいている。
『魅惑劇』は彼らのファーストアルバムで、ルネッサンスの影響を受けているだけあって、その世界観は劇的でファンタジックなもの。2分程度の短い曲から10分を超える大作まであり、メリハリきかせすぎなところがさすがプログレバンドだ。しかし総じて全体のクオリティは圧倒的に高く、歌唱パートもインストパートも退屈に感じる部分はほとんどない。それどころか全体を通してまるで一大叙事詩のようにドラマチックに展開していくので、グイグイと意識が引き込まれていき、聴き終わったあとはそれこそ壮大で魅惑的な劇でも観たような余韻に浸らせてくれる(別にコンセプトアルバムというわけではないが)。個人的には大作の出来が特に良いと感じ、『レティシア』の全体を漂う緊張感と、歌詞に出てくる「ラッターラッターラッfaraway!」の「ラッfaraway!」という、「ラッター」(曲中の登場人物)と「faraway」をどちらも言いたいのにリズム的に尺が足りないからいっそのこと融合させてしまおうという考え方が好きだ。そしてタイトル曲『魅惑劇』。このアルバムのエンディング(僕の持っている盤には『怒りの矢を放て』というオリジナル盤未収録の曲が最後に入っているが。これも名曲)にふさわしいドラマチックなバラードで、静かなサビと壮大なアウトロのコントラストが絶品の感動的な名曲である。
ジャケットも徹底して音楽の世界観と調和させたデザインで、この絵はスラミス・ヴュルフィングというドイツの女流画家の作品。淡い色使いと幻想的なテーマが特徴の画家で、日本での知名度は高くないが、ミュシャの世界観を好む若い女性などには受けそうなタイプである。ノヴェラのメンバーが画家とのつながりがあったのかは不明だが、彼女の絵をジャケットに起用したのは素晴らしいチョイスだったと思う。
BGMとしてながら聴きをするよりも、しっかり腰を据えて向き合って聴きこんでこそのアルバムである。だからこそ忙しすぎる現代の人にあえて言いたいが、音楽と向き合う時間をその良し悪しは関係なく無駄な時間だと思わないでほしい。あなたの芸術的感性を磨くためにしっかり音に耳を傾け、そして自分でその良さを探してほしい。まあこれは音楽に限らないが。
その努力もせずに表現者ばかりを批判する者はもうどっか遠くへ行ってしまえ。どっか遠くへ…どっかfaraway…どっfaraway…。
どっfaraway!!