乳酸菌を耳から摂取〜ブルガリア国立アンサンブル『ルーツ・オブ・ヴォイス~神秘の歌声の誕生』〜平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第170回:乳酸菌を耳から摂取
今回ご紹介するのはこちら。
ブルガリア国立アンサンブル『ルーツ・オブ・ヴォイス~神秘の歌声の誕生』(1996年)
ブルガリアという国のイメージは日本人にとってはあまり馴染み深いものではないかもしれない。それこそ毎朝お腹がお世話になっておりますくらいのイメージしか抱いていない人も多いと思う。僕も正直よく知らないし、乳酸菌以外ではリラ修道院というとても素敵な世界遺産があるということくらいしか知らない。
しかしこのアルバムを聴いて、ブルガリアならではの素晴らしい土着の音楽というものが根付いていることを知った。
どんな国や土地にもその地方独特の音楽というものは存在しているものだが、ブルガリアの農村地帯で伝わってきたそれはすでに芸術と呼べるレベルのものだった。そんな土着の民謡を歌い継ぐ女性民謡歌手のなかから、ブルガリア人作曲家であるフィリップ・クテフがメンバーを選抜し1951年に合唱団を結成。ブルガリア民謡はブルガリア国立アンサンブルという大衆芸術として昇華されたわけである。
本作に収録されているのは1955年録音のものだが、その後何度か円盤化されているようで、僕が持っているのは1996年盤。最新は2008年盤っぽい。
内容に関して、大衆化されたとはいえその根底にある民謡ならではの精神は大事にされており、農村の人々の何気ない暮らしの一幕がテーマになっているものが多い。ポピュラーミュージックの世界じゃちょっと見られないブルガリア民謡ならではの独特の発声法もそのままの形で残されており、民謡に対するクテフのリスペクトの念が感じられる。見方を変えるとかなり純粋な民謡としての形を残しているため、ポピュラーミュージックに馴染んだ耳で聴くと少々とっつきづらい印象を受けるかもしれない。
ただしっかり向き合い集中して聴きこむと、実はポピュラーミュージック用語で言うところの「フック」がちゃんとあり、一枚のアルバムとして充分楽しめる内容だったりする。各楽曲のタイトルも『小鳥が飛んできた』とか『トドラ、夕食はすんだの』とか、あまりにも日常的で何だかほっこりするものから、『ニァグルがミルカに話しかける』とか『おい、ペトルンコ』とか、だからどうしたと言いたくなるものまでさまざま。
古い壁画か、あるいは絵本のようなデザインのジャケットがまた素晴らしい。ブルガリアに伝わる神話や古い物語の一幕なのだろうと思うが、絵師や詳細は不明である。草原で眠りながら恋人が花束を届けに来る夢を見ているトドラのことを歌った『トドラは夢みる』の一幕かもしれない。何にせよ味わいのある素敵なジャケットだ。
これを買ったのは本当にただの興味本位で、楽しめなきゃ楽しめないでいいやくらいの心持ちだったが、結果楽しめたので僕にとってはいい掘り出し物だった。
乳酸菌を耳から摂取。ブルガリア最高。