m.c.A・T『なんて言うんですか、こんな音楽感』第1回〜学生時代の俺っ!

連載・コラム

[2019/6/12 12:00]

ボンバヘッ!でお馴染みのヒット曲『Bomb A Head!』のほか、DA PUMPの育ての親としても知られるm.c.A・T。日本屈指のプロデューサーの自伝的連載がスタートだぜっ!


 なんかあっちゅー間に時は過ぎるもので、気がつけばおじさんになって久しい気がする(笑)! 年齢は非公開とか言ってるけど、優しいファンの方がウィキペディアに細かく、まぁまぁ正確にご紹介してくれているので興味のある方はそちらでご確認するのも一興かも。
 年齢って「何歳なのに○○してる!」とか「何歳なのに○○をご存知で!」(もしくはその逆とか)とか勝手にイメージが固定されちゃう数字だし、なんか邪魔だから昔からあまり気にしてないんだよね。先輩と仕事することもあるけど、今は圧倒的に若いアーティストさんとの現場が多いから、彼らと同化しちゃってますます自分でも年齢がよくわからないときもあるし……。
 北海道から上京して31年目、そんな折、『耳マン』の編集長にお会いして、これまでの活動を振り返る連載の機会をいただきました。さしておもしろいことが書けるか、読んだみなさんのためになるかはわかりませんが、独学でもなんとか好きな仕事で生きていけるもんだ、くらいの内容ですので構えずに読んじゃってください!

中学でギターを手にして、不良仲間に楽曲提供したぜっ!

 北海道札幌市豊平区で生まれ育った俺っ! 小学生時代はただ歌うのが楽しいという子ども。3年生のときにとあるきっかけで“児童劇団”に入ったんだけど、台詞やら演技とか人に言われてやるという流れ、やらされてる感が苦手で、1年ちょっとで辞めた。結構いろいろ出させていただいたけど、なんか無理だったなぁ。中学に入ってからはアコースティックギターを手に入れて、いろいろコードを覚えていくにつれ、曲作りを始めたっけ。すごく楽しかった。やっぱり「作る」ってことが好きみたいだよね、昔から。「イカツイ」「不良」と呼ばれる友達から「この歌詞に曲つけてくれよ」と言われたのが、人生初の提供曲だった。
 高校に進学してからはエレキギターを手にするんだけど、この頃になるとフォークソングよりもブラックミュージックに興味が出てきた。当時の北海道は民放のFMがないから、FM雑誌をチェックしながらNHKのFMをとにかく聴きまくったな。ラジオからドナ・サマーの『HOT STUFF』が流れたときの痺れる感覚、今でも忘れられない。体験したことない感覚だった! 「ああ〜、これがブラックミュージックかぁ」ってひとりでめっちゃシビれたのを覚えてる。雑誌でドナ・サマーが黒人だっていうことは調べてたけど、あの曲のプロデューサーはヨーロッパ出身の白人=ジョルジョ・モロダーなんだよね。それを知るのはちょっと先だったな。
 その頃に同時に知ったのがジェームス・ブラウンとP-Funk。P-Funkの一角であるパーラメントの『Flash Light』を聴いたときもシビれたなぁ〜! 聴いたことないんだから!あんな曲! どんどん新しいジャンルが生まれていたあの頃、そんな時代を多感な10代で過ごせたことが、自分のベーシックな部分を築いたのかも。当時エアチェック(ラジオからカセットに録音すること)したカセットをたまに聴くんだけど、これがなかなかの選曲。やっぱりダンスミュージック好きだったことがわかるんだよね。Chic、最高! シュガーヒル・ギャングとかもね!

YMOに受けた衝撃

 シンセサイザーが世の中に出始めたのもその頃で、冨田勲さんやクラフトワークの活躍でシンセサイザーが注目を浴びていた。そんななかでも一番ショッキングだったのはYMO! 冨田さんはクラシックだったし、クラフトワークくらい無機質だと当時は踊れなかった。お子ちゃまだったから。でもYMOはシンセサイザーミュージックなのにエモーショナルなダンスミュージック! なんか黒い感じ(特にベース!)も相まってYMOの虜になっちゃった。
 ニューロマンティックのムーブメントもすごかったから聴いていたけど、YMOのバランスのよさがとにかくヤバすぎたなー! そしたら、欲しくなるじゃん、シンセ欲しくなるじゃん! ただ手の届くところまで来たって言われてたモノシンセ(モノフォニックシンセサイザー/単音発声機能のみの機種)でも20万円代が多くて、普通の高校生には絶対無理。しかし、日頃の行いがよかったのでしょう……知人が貸してくれたんだよね。
 確かローランドの『SH-7』だったかな。重かったけど30分くらいかけて雪のなか引きずって運んだなぁ。2週間くらい借りたと思うけど、めっちゃおもしろかった! シンドラ(シンセドラム)でリズムを作って、2台のカセットレコーダーでピンポン録音。シンドラを叩く→レコーダーの内蔵マイクでカセットに録音→シンドラを録音したものを流しながらシンセベースを弾いて、別のカセットに録音→リズムたちを録音したものを流しながらシンセでメロディを弾いて、別のカセットに録音→オケを録音したものを流しながら歌を歌って、別のカセットに録音……。This is ピンポン録音! これが初めての宅録! 大変だったのは当時のカセットの回転数が一定じゃなくて少しずつ速くなっていくこと。だから最後に歌うときは半音かもっとキーが上がってた。あと、内蔵マイクで録ってるからノイズもしっかりピンポンだったよね(笑)! こんなことを高3の受験前にやっているので当然浪人ですわ……。

m.c.A・T

1993年に『BOMB A HEAD!』でデビュー。ライブ活動と並行してプロデューサーとしても活躍し、DA PUMPのプロデュースを手がけて一世を風靡する。現在もさまざまアーティストへの楽曲提供/プロデュースワークを行う傍ら、ライブ活動を展開している。