コンドームにマイク入れて水中録音……19歳エンジニアがビートルズ・サウンドを輝かせた!?【ロックのウラ教科書 Part.1】
プレスリー、ビートルズ、ストーンズ、ジミヘン、デヴィッド・ボウイ……歴史に刻まれた名盤の数々をレコーディングという側面で切り、そのウラに隠された噂の真相を探る新連載。まず第1弾はビートルズのエンジニアを務めた19歳のジェフ・エメリックの偉業を紹介!
マイクをベタ付け、バスドラの穴、現在の常識はここから始まった?
ビートルズの『プリーズ・プリーズ・ミー』から『ラバー・ソウル』までを手がけたのは、ノーマン・スミスというベテランのエンジニア。昇進により現場を離れたノーマンの後釜として、急遽、白羽の矢が立ったのが当時弱冠19歳の少年、ジェフ・エメリックでした。15歳でEMIに入社したジェフは、アシスタントとしてビートルズのファーストレコーディングにも立ち会っていて顔見知り、あいつにやらせればいいんじゃないかみたいなノリで異例の抜擢を受けます。そして、『リボルバー』のレコーディングで、絶対にやってはいけない無茶苦茶なマイクの立て方をしてしまうのです。
コンデンサーやリボンと言ったタイプのマイクは、奥行きのある繊細な音まで拾える反面、非常にデリケートで取り扱いが難しく高価でした。特にリボンマイクは薄さ数ミクロンの金属箔でできたリボンで音を拾っているため、フッと息を吹きかけただけで切れてしまいます。そのため、マイクを楽器やアンプなどの近くに立てるのは厳禁。EMIでも社内規定で約60センチ以内にマイクを立てると始末書を書かないといけなかったと言います。
ところが、ビートルズに「もっとブライトでパンチのある音を!」と言われたジェフ少年は、あろうことかマイクをベタ付けに配置してしまいます。今では楽器の近くにマイクを立てるのは、ごくごく当たり前の光景ですが、これ以前にはまず見られませんでした。しかし、そこまでやってもビートルズは「モータウンのレコードなんかと比べると、リズム隊にパンチがないんじゃないの?」と言い出す始末。そこでジェフはなんと、ドラムの各打楽器に個別にマイクを立てるのに加えて、モコモコしてパンチの出ないバスドラムの皮に穴を開け中にマイクを突っ込むという暴挙に出ます。さらには、それでも足りずにバスドラム内部の鳴りを殺してデッドな音にするために、毛布まで入れてしまいます。なんて無茶な!と言っても、現代の感覚だとむしろ穴が空いているほうが普通で、全然変に思わないと思います。けれども、1965年ごろまでの映像やライブの写真を見てみると、バスドラムに穴が空いていることなんてないんですよね。ビートルズも前面に「The Beatles」とロゴの入ったバスドラムを使っていて、穴なんてどこにも見当たりません。それを考えると、これがいかにイレギュラーな方法だったかがわかると思います。
花瓶にマイクを挿すわ、コンドームに入れて水中に!
ちなみに、ジェフはバスドラムだけではなく、タムも裏の皮を取り払ってマイクを中に突っ込んで録音したりもしていたようです。フロアタムには中に置けるようなマイク・スタンドがないので、花瓶にマイクを刺して設置したとか。ジェフはこれ以外にも結構ヘンテコなレコーディングをしていて、『イエロー・サブマリン』の録音時には泡のブクブクを録りたいと言われて、マイクを水の中に入れてしまったりしています。マイクを直接水中に入れてしまうと壊れるので、まさかのコンドームの中に入れて水没させたのでした。これを高価で繊細なコンデンサーマイクでやってしまったのですが、破損したら大変なだけではなく、当時のコンデンサーマイクは真空管式で数百ボルトの電圧が掛かっていたため、もしも破れるようなことがあれば大事故。下手すると死人が出るパターンです。このエピソードからも、ジェフ・エメリックはかなり恐れを知らない人物だったというのがわかります。
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著・中村公輔
レコーディングがわかると、ロックがもっと見えてくる! バスドラムに穴を開けるようになったのはビートルズの無茶振りのせい!? スティーリー・ダンのドラムは生演奏ではなく本当は打ち込みだった!? 歪んだギターが誕生したのは壊れたアンプを新聞紙で応急処置したから!? 録音機材の進化と、破天荒なエンジニアが生み出したブレイクスルーを詳細に解説。『ザ・ビートルズ』ザ・ビートルズ、『ベガーズ・バンケット』ローリング・ストーンズ、『ペット・サウンズ』ビーチ・ボーイズ、『メタル・ジャスティス』メタリカ、『エイジャ』スティーリー・ダン、『ナイト・フライ』ドラルド・フェイゲン、『パレード』プリンス、『L.A.ウーマン』ドアーズ、『ラヴレス』マイ・ブラッディ・バレンタインなどなど、絶対の名盤が多数登場! ロックをより深く聴くための、リスナー向け録音マニュアル。5月25日に発売。全288ページ、1600円+税。ロックのウラを知りたいあたなのための1冊です!
◎なかむらこうすけ
1974年生まれ。1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。その後、自身のソロプロジェクトKangarooPaw のアルバム制作途中にずぶずぶと宅録にハマリ、気づいたらエンジニアに。近年に手がけたアーティストは、入江陽、宇宙ネコ子、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、ルルルルズなど。プロデューサー、作曲家、音楽ライターとしても活躍中。