清野茂樹は「古舘伊知郎を殺した男」になるか?……爪切男が『コブラツイストに愛をこめて』を語る
清野茂樹の新著は“実況アナだから書けたプロレスエピソード集”!
プロレスシーンが大きな盛り上がりをみせているさなか、8月24日にフリーアナウンサーとして活躍する清野茂樹の新著『ブラツイストに愛をこめて 実況アナが見たプロレスの不思議な世界』が発売されました。清野アナは新日本プロレス、WWE、UFCという世界3大メジャー団体の実況を初めて達成した人物。同書にはそんな彼から見たプロレスの世界がたくさんの不思議かつユニークなエピソードとともに綴られています。今回、大のプロレス好きである注目の作家・爪切男に書評を依頼し、その魅力を熱く綴っていただきました!
清野は「愛」と「言葉」をもって古舘伊知郎を殺す——爪切男
予言しよう。近い将来、古舘伊知郎はある男に殺される。男の名は清野茂樹、プロレス実況を中心に活躍するフリーアナウンサーだ。刺殺、射殺、毒殺と殺害方法は多種多様に存在するが、清野は「愛」と「言葉」をもって古舘伊知郎を殺す。現代社会において他人を殺めることはもちろん罪になる。だが、想像力と信頼関係さえあれば、ある意味で人を殺すことさえできる。それがプロレスという世界の奥深さでありプロレス実況もまた然りである。私が何を言っているのかわからない人はこの本を読めばその答えがおのずと分かる。
天才プロレスラー武藤敬司が「作品」と称するように、先の予測ができないプロレスの試合は一種の「即興芸術」だ。実況アナウンサーは目の前で起きる出来事を正確に伝えつつ、独自のワードセンスを用いて試合に彩りを添える。しかもそのほとんどがアドリブなのだ。試合をする選手、会場に詰め掛けた観客、テレビの前の視聴者、横に座る解説者、過去の名実況、そのすべてと真剣勝負をおこなうヤバイ仕事。それが清野さんの仕事である。
同書のなかには、実況現場での裏話や有名レスラーとの心温まるエピソードなどプロレス実況を生業とする清野さんでしか書けない話が目白押しである。かといって、ファンにしか理解できない難しい表現はそれほど使われていない。プロレスを知らない人でも楽しめるようにわかりやすい言葉で綴られている。会社の飲み会で、プロレスファン同士がマニアックな会話をして周囲の人を置いてけぼりにしてしまうような過ちは犯していない。それでいて「ラリアット」と「ラリアート」の使い分け、新日本プロレスと全日本プロレスの実況の違いといった玄人が思わずニヤリとする話題も満載である。読者を自分の掌で自在に操る清野さんの文章は、老獪なグラウンドテクニックで対戦相手の力量を測るベテランレスラーを彷彿とさせる。同書のなかで特筆すべきなのは、古舘伊知郎のプロレス実況の素晴らしさを言語化した第4章『プロレス実況を変えたのはこの男だ! 古舘伊知郎という革命児』であろう。プロレスファンだけでなく、しゃべることを仕事にしたいと思っている人も必読の章である。個人的にはこのテーマだけで1冊書いてほしい。それは古舘伊知郎に人生を狂わされた清野さんにしかできない使命なのだから。
60歳を過ぎた高齢のプロレスファンの方にいただいた金言がある。「プロレスでも音楽でもなんでもそうだけど、自分の時代が1番良かったって思っていいんだよ。だってその時代を生きたあなたにしか語ることができないんだからね」。この言葉をいただいてから、ジャイアント馬場、アントニオ猪木など先人の偉大さを認めつつも「武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也、闘魂三銃士が最強だ」と私は胸を張って言えるようになった。細かい分析は暇な評論家にでも任せておけばいい。
プロレスラーと同じく実況アナウンサーも時代によって移り変わる。古舘伊知郎、辻よしなり、倉持隆夫、若林健治、福澤朗……いずれ劣らぬ名実況を残してくれた巨星たち。現在のプロレス界は暗黒時代を脱し、過去最高のプロレスブームを迎えているらしい。それが真実ならば喜ばしいことなのだが、本当の意味でのプロレス人気の復活にはひとつだけピースが足りない。時代を代表する実況アナウンサーだ。断言しよう。今その責任を担ってもらえるのは清野茂樹しかいない。この本を読めば清野さんがこの時代にいてくれることの幸運とプロレスにおける実況アナウンサーの大切さが必ずわかるはずだ。
偉大なプロレスラーは「人間発電機」や「不沈艦」といった異名を持つ者が多い。清野さんの異名が「古舘伊知郎を殺した男」になったとき、プロレスの新しい時代がやってくる。本気でそう思っている。清野さんに負けないように、私も自分の肩書きを現在の「派遣社員兼作家」から「作家」にできるようにがんばる所存であります。