「メンバーは財産。これまでもこれからも」NAOTO(ORANGE RANGE)が語る33歳の自分【連載/33歳マン】

連載・コラム

[2017/2/23 19:00]

10代、20代でのさまざまな葛藤や苦悩を経て、今なお人生を奏で続けようとする30代のミュージシャンたち。この連載では耳マン(33マン)のサイト名にかけて、“33歳”のミュージシャンたちに音楽/人生について話を聞いていく。水物とも言われる音楽界で強く生き抜く彼らから授かる金言の数々は、前向きに人生と向かい合っていくためのヒントになるはずだ。

第3回に登場するのは、ORANGE RANGEのリーダーであり、バンドのメインコンポーザーであるNAOTO。バンドは2016年に結成15周年を迎え、縁のあるアーティストたちを迎えた15周年記念コラボレーションアルバム『縁盤』をリリース。さらに15周年記念の全国ツアーを敢行し、来たる2月25日に8年ぶりとなる武道館でのワンマンライブを開始する。“自分らしく”進化を遂げてきたNAOTOが語る、33歳の自分とは!?


丸く収まりたくないっていう気持ちが強くなってる

――結成15周年おめでとうございます!

ありがとうございます!

――15周年がまさに33歳の年となりましたね。どんな1年間でしたか?

成人してからいちばん密度が濃い1年だったかもしれないです。全国ツアーもあったし、コラボアルバム『縁盤』の制作もありましたし。ゲストがいるアルバムだったからエネルギーもすごく使って。よく1年間完走できたなぁって……それくらい濃い1年になってます。

――いろんな舞台を踏んできたORANGE RANGEの活動のなかでもいちばん濃密な1年だった?

いやぁ……そうですね。

――30代を迎えながらも音楽的な充実度を更新してるって本当にステキだと思うのですが、ソロ活動や楽曲提供も精力的に行っているNAOTOさんがこの歳まで音楽を続けてこれた理由ってなんですか?

基本は飽き性で趣味とか全然続かないんですけどね、音楽だけは飽きないんですよ。ジャンルもいろいろだし、音楽って中身がどんどん変わるじゃないですか。だから飽きないんです。自分の性格に合ってるのかも。

――30代になって音楽的な趣味って変わりました?

もともとあった好き嫌いがハッキリしてきたりして、好きなものを選びやすくなってきた感じはありますね。

――嫌いな音楽もあるってこと?

そりゃありますよ(笑)。誰のどの曲ってわけではないですけど、テレビから流れてきて「この曲、ちょっと癇(かん)に障るなぁ!」とか(笑)。

――そこまでイライラする(笑)!?

しますします(笑)。

――逆にずっと好きな音楽って?

ティーンの頃に聴いてたUKものとかオルタナ系の音楽とかはずっと好きだし、最近さらによく聴くようになってるかも。ヒップホップも最近よく聴きますね。今だからわかる発見もあったりするんですよ。結局、ティーンの頃に聴いた音楽がずっと自分のなかにあるみたい。

――音楽を辞めたいってこれまでに思ったことってないんですか?

う〜ん、ないですね。基本的にできないことはやらないですから。

――スランプ的なこともない?

それも……ないですね。作ったものが良い作品じゃなかったとかはあるかもしれないですけどね。スランプの自覚っていうのもまったくないです。

――曲の作り方が変わったところは?

やっぱり年々、勝手がわかってきちゃうから、うまくなりすぎないようにしてるっていうところはありますね。丸く収まりたくないっていう気持ちが強いんですよね。キッチリしたものを作りたくないんです。音楽的に「ん?」ってなるところを入れて、できるだけハズしていこうって。その考えがないと自分が楽しめないんです。

――そういう意味ではアイドルへの楽曲提供(※NAOTOはももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、バンドじゃないもん!などへ楽曲を提供している)って向いていそうですね。最近のアイドルの曲って自由ですし。

うんうん、楽しいです。冒険できますしね。僕もオファーを受けるときは「自由にやらせてほしい」って念を押してるんで(笑)。

――「あとで文句言うなよ!」的な(笑)。

そうそう(笑)。でもアイドルからのオファーは「初期のORANGE RANGEみたいな感じで」ってよく言われますね。やっぱりわかりやすいのがいいのかな。自分たちでは最近はああいうノリの曲はやってないから、自分的にもバランスがとれておもしろいですけど。

僕らが叩かれやすいっていうところもあったと思う

――バンドの15年のなかでいろんなことがあったと思いますが、2005年にドラムのKATCHANさんが脱退したことって、バンドにとっては大きな出来事だったんじゃないでしょうか?

うん、すっごく大きかったです。ORANGE RANGEの発起人はKATCHANですからね。KATCHANが本気でバンドやろうって誘ってくれなかったら、音楽やってなかったかもしれないし。

――NAOTOさんはKATCHANさんと中学時代からの同級生なんですよね。

だから辞めることになったときは残念でしたけど、肉的的にも精神的にもキツそうなのは見てて十分わかりましたし、そういうなかで自分たちも一緒にやっていける術も当時はわからなかったから。

――KATCHANさんが脱退してから正式なドラマーを入れていませんが、それはKATCHANさんのことを思って?

ちょうどあのタイミングで自分が作りたい音楽が多様化してきていて。いろんなリズムの曲をやってみたり、打ち込みを使ったりしてみたい時期だったので、ドラマーを固定せずにいろいろチャレンジしたいなと思ったんです。

――確かにその後、打ち込みの曲が増えましたもんね。ベースも完全に打ち込みの曲があったり。

もしもドラマーを固定してたら、打ち込みの曲をここまでたくさんやってなかったでしょうね。YOH(ベース)も打ち込みの曲を全然文句も言わずに受け入れてくれて。僕だったら辞めたくなっちゃうと思うんですけど……。

――悲しいことではありながらも、バンドの音楽的な引き出しが広がった瞬間だったんですね。あとぜひ聞きたいのはウィキペディアにも載ってる「パクろうぜ」発言……あれって本当に言ったんですか?

はい、実際に言ったことではあるんですけど、どうしてもその部分のところがクローズアップされて広がっちゃって。

――好きな曲の良い部分をエッセンスとして取り入れようみたいな感じのことなんですよね?

そうなんですよ。僕、もともとダンサーに曲を作ったりしてたから、サンプリングって言うか、そういう感覚が普通にあって。やっぱりみんなカート・コバーンに憧れてギターを持って、「この曲カッコいい!こういう曲やりたい!」って曲を作るじゃないですか。そういう気持ちは大切だと今でも思ってて。その辺は僕らが叩かれやすいっていうところもあったと思うんですけどね。

振り返ると本当にありがたいことだったんだなって思うことがたくさんある

――2010年にインディーズに戻ったときも大きな決断があったのでは?

そうですね。あそこもターニングポイントだったと思います。バンドの音楽が多様化していくなかで、もっと音楽に合ったプロモーションとか制作をやってみたいなって思って。それで自分たちでやってみようってことになったんです。

――苦労はなかったですか?

曲を作るのはずっとやってきたことだからどうってことないですけど、プロモーションがとにかく大変でした。まったくやったことなかったから。プロモーターさんを外注でお願いしてみたり、すべてが探り探りで。PVも自分たちで監督を探して、ディレクターを探して、こんなにお金かかるのか、大変なんだなぁってすっごいわかって。PV を作るなんて当たり前のことだと思ってましたけど、本当にすごいことをしてくれたんだな、ありがたいことだったんだなって。その実感が今の活動に確実に生きてるし、スピードスターとの提携のときも本当にありがたいと思えました。

――いろんな経験を経て10代、20代を振り返ると、当時はやっぱりヤンチャだった?

そうですね。過激なことをやりたがって、なんでもやってやろうって。勇気じゃなくて、ただのバカなところも多かったですけど(笑)。

――ほかのメンバーさんも30代になって変わりましたか?

基本は変わらないですけど……僕よりはみんなよっぽど大人になってるかなぁ。

――そもそもバンドのみんなで遊んだりってするんですか? みんなで海に行ったりしてそうなイメージがあるんですけど。

それはない(笑)! ライブ終わって飲みに行くとかはありますけど、休みの日に遊ぶとか……全然ないですね(笑)!

――え!? そうなんですか!?

高校卒業してからは一度もないですね。今後もないと思う。うん、絶対ないですね(笑)!

――とは言え、ORANGE RANGEってすごくチームワークに恵まれてるバンドなんじゃないかと。

それは絶対にありますね。僕は一応リーダーだけど実質はHIROKI(ボーカル)がまとめてくれてる感じで、みんなそれぞれ役割がわかってる。僕はめちゃくちゃ自由にさせてもらってます。HIROKIを含めて強烈なフロントマンが3人もいるから、僕は陰に隠れてうしろから石を投げてる感じ(笑)。できるだけイカツイ石をね!

――(笑)。ヤバい曲を作るってことですね?

まさにそう!

自分たちがやりたいことを続けてきて、やりたいことが固まったうえでの武道館

――さて、2月25日には8年ぶりの武道館ライブですね。

ツアーの一環ですし、特別だと思っちゃいけないと思うんですけど、やっぱり楽しみ。素直に楽しみです。あんなところでまたやれるなんて……自然と力も入るし、緊張もしてます。僕、ライブで興奮するとかってほとんどないんですけど、今回はすごいテンションあがってますね。

――今ORANGE RANGEが武道館をやる意味をご自身ではどう受け止めていますか?

8年前とはやっぱり違いますからね。「武道館でライブできる!」っていう気持ちは今のほうが大きいと思います。あのときは流れに任せてやってるっていうか、どこかフワフワしてるところもあったから。でも今回は自分たちがやりたいことを続けてきて、やりたいことが固まったうえでの武道館っていう感じです。

――武道館を経てORANGE RANGEはどこを目指します?

これまでも次のアルバムの内容が把握できないっていう感覚をずっと持ち続けて活動してきて。これからもその感覚を大切にやっていきたいと思ってます。自分でも2、3年後はどういう音楽をやってるのか知らないっていうか。そういうバンドであり続けたいです。

――そんなリーダーの感覚をみんなで共有できるからこそ、ORANGE RANGEがバンドとして成り立ってるんですね。

もし神経質なメンバーがいたら続かないと思います。みんな乗っかり上手で、そのなかでベストを尽くしてくれる。すごいチームだと思います。

――メンバーに恵まれてるって思います?

本当に思います。このメンバーと出会えたことは本当にラッキーだし、財産。これからも大切にしていかないといけないですね。

プロフィール

ナオト●1983年5月8日生まれ。沖縄県出身。ORANGE RANGEのギタリストであり、リーダー&メインコンポーザー。テクノグループRYUKYUDISKOの廣山哲史と廣山陽介は実兄であり、自身も電気グルーヴに大きな影響を受けている。ORANGE RANGEのほか、delofamilia、IS and ISM、ORANGE RANGEのHIROKI(ボーカル)と結成したNaotoHiroki&Karatesystemsなどのユニットでも活躍。2009年にはThe Stone Rosesのイアン・ブラウン(ボーカル)との共作『Always Remember Me』も発表した。楽曲提供も精力的に行っており、そのプロデュースワークはSCANDAL、HOME MADE 家族、ベッキー♪♯、島袋寛子、ももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、バンドじゃないもん!など多岐にわたる。ORANGE RANGEは2001年、NAOTO、HIROKI、YAMATO(ボーカル)、RYO(ボーカル)、YOH(ベース)、KATCHAN(ドラム/2005年脱退)という地元の仲間たち6人で結成。2003年にメジャーデビューし、2度の紅白出場、ダブルミリオンの達成、シングルの9作連続首位獲得など数々の偉業を達成。2010年にインディーズに戻り独自の活動を展開しながら、2012年にメジャーと業務提携を開始。2月25日には8年ぶりの武道館公演、3月20日には地元・沖縄市民会館公演を開催する。

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