上中丈弥(THEイナズマ戦隊)が語る、名曲『33歳』誕生秘話【連載/33歳マン番外編】

連載・コラム

[2017/5/21 12:00]

耳マン(33マン)のサイト名にかけて、“33歳”のミュージシャンたちに音楽/人生について話を聞いていく本連載。今回は番外編として、『33歳』という楽曲を発表しているロックバンド、THEイナズマ戦隊のボーカル上中丈弥が登場だ。2016年にリリースされたアルバム『GALAPAGOS』に収録された本曲は、彼が小学生のときに亡くした父親へ向けて歌ったメッセージソング。この名曲はどのような思いで作られたものなのか、話を聞いた。


いつでも親父がみんなを繋いでた

――33歳のアーティストにインタビューをする連載なのですが、今回は『33歳』という楽曲を発表されているTHEイナズマ戦隊の上中さんに、ぜひこの曲について聞きたいと思いまして。

はい! よろしくお願いします。

――改めてですが『33歳』はどういった曲なのでしょうか?

38歳で亡くなってしまった親父のことを歌った曲です。僕が33歳とき、自分の仕事机に置いてあった親父の写真を眺めながら作った曲で。そこに写っている親父も33歳だったんです。今、僕も親父が亡くなった38歳になったんですけど、改めてすごい人だったなって。

THEイナズマ戦隊『33歳』

――とてもステキな曲で一聴して涙しました。お父さんも素晴らしい方だったということが存分に伝わってきます。

まわりの人から聞く親父の話も伝説みたいなものばっかりだし、本当におもろい人だったんですよね。奈良の吉野郡黒滝村っていう田舎から真っ白なスーツ着て大阪に出て来たらしいんですけど、もうそんなんチンピラじゃないですか(笑)。家具屋やったり、たこ焼き屋やったり、喫茶店やったりいろんなことしてて、よくわからん人でしたよ。

――よくわからん人(笑)。

とにかく調子が良くてね、おそらく相当な調子乗りだったと思うんです。でも親父がみんなを繋いでた。親戚の集まりでもいつも真ん中に親父がいたんですよ。で、いなくなったら親戚の集まりも減ってしまって。でも今度はみんなが俺のところに集まってくれるようになったんですよね。

――人と人とを繋ぐ才能は受け継がれたのもなんですね。

そうなのかなぁ。あと親父、すっごい女好きでね。女の人と遊びに行くときには必ず一緒に連れて行かれたんですよ。僕でワンクッション置きたかったんだと思うんですけど。

――(笑)。

知らないお姉ちゃんと親父と僕で遊びに行った記憶がたくさんあるんですよね(笑)。で、帰ってそれをお母さんに告げ口するっていう。

――女好きが似ちゃったところも……?

あるね〜! あると思うなぁ〜(笑)!!

――ありますか〜(笑)!

とにかくね、すごくチャーミングな人だったんです。「俺はジャニーズだ」とも言い張ってた……。バクが転できるからって(笑)。おしゃれにコンバース履いてたんだけど「これが履けるのはジャニーズだけだ」ってずっと言ってて。

――でもジャニーズと言えば……上中さんジャニーズのグループに楽曲を提供してるじゃないですか! 運命感じますね!

親父ジャニーズじゃないけどね(笑)。でも何かの因果があったのかもしれないですよね。

今はこの曲で両親に感謝の気持ちを伝えてる

――この曲を作った33歳のときってどうでしたか?

絶望的でしたよね。何をやってもうまくいかないっていうか。キャリアを十分に積んでるわけでもなく、若手扱いもされなくなってきた頃っていうか。自分たちがどこに向かっているのかもわからないときでした。だから親父にいろいろと相談したかったのかな。それで出来た曲なのかもしれない。

――曲はすんなりできた?

めちゃくちゃさくっとできました。でもやっぱりすごくプライベートなことだから……。

――たしかに内面をさらけ出すのって怖いですよね。

そうそう、だから曲を作ってからリリースするまでに時間もかかって。メンバーも曲を聴いたときには複雑な気持ちだったと思うんですよ。「がんばろうぜ!」って歌ってるバンドがいきなりこういう曲をやるのかっていう。だからしばらくは封印してたんです。

――封印してた?

そう。でも、久しぶりにライブでやったときにグッと来るものがあって。

――何かが変わったんですね。

作ったときは自分のことで精一杯すぎたんでしょうね。そこからまた少し大人になって、今ではこの曲で両親に感謝の気持ちを伝えているところもあります。

――曲を聴いたお母さんの反応はどうですか?

絶対に聴いてるはずなのに、この曲に関する話はまったく触れてこないです。やっぱり思い出してしまうんだと思います。そりゃそうですよね、自分が結婚を決めた人があんな若さで亡くなるなんて想像できないくらいの悲しみなんだと思います。僕も悲しかったし、親父も悲しかっただろうけど、お母さんの悲しみはすごかっただろうなぁ。そんななかで自分をちゃんと育ててくれて、本当に感謝しかないです。面と向かっては言えないですけど……。

――僕も30代後半になって家族にもいろんなことが起こるなかでこの曲を聴くと、かなりこみ上げてくるものがあります。

30代の人は同じようなことを言ってくれますね。すごく感謝されます。そう言えばこの前は10代の子がこの曲を聴いて大泣きしてて、すごく感受性の高い子だなぁって思いました。

人間の伸びしろをすごく感じる。だからまだまだいろんなことやりたい

――さて、上中さんもいよいよ40代が見えてきた感じですね。

マジやばぁ〜い!(ギャルっぽく)

――(笑)。変わってきた部分ってありますか?

5年前くらいから総合格闘技をやってるんですけど、ちょっと前までは若い子と練習しても全然平気だったんです。でもつい最近、息上がってくるようになっちゃって。知らんあいだに衰えていってるんやね……。あとはライブ前にメンバーの頭に白髪を見つけてめっちゃテンション下がったり(笑)。

――そんななかで新たな目標をみつけたりは?

留学したいんですよね。短期でもいいから。海外で総合の試合を観たり、ロスからニューヨークまで車で走ったりしてみたい。もちろん、何年かかってもイナズマ戦隊は武道館でライブをやりたいし、音楽でメシを食べ続けてたい。その目標はありつつですけど。

――夢ふくらみますね!

総合を始めたとき「俺、テレビで観てたこんな技もできるようになってるやん」って思ったんですよね。人間の伸びしろをすごく感じて。だからまだまだいろんなことやりたい。その刺激を音楽で返していきたいです。

――3回目のメジャー復帰作『LIVE GOES ON!』(5月3日発売)もリリースされましたし、今後にますます期待ですね。

ありがとうございます! メジャーもインディーズも関係ないなんて言いつつ、自分らもちょっと浮かれちゃって(笑)。デモを提出するときにラブソングばっかり書いてしまったみたいなこともあったんですけど、やっぱり今までのお客さんにしっかりと刺さる曲を作りたいっていう思いで新曲を書きました。ライブの人気曲も再録した2枚組みになってるので、たっぷりと楽しんでもらえるんじゃないかと思います!

――イナズマ戦隊ならではのアツいメッセージが満載ですが、「がんばれ!」って言い続けるのって大変じゃないですか……? それを20年続けるって本当にすごいと思います。

僕は体育会系だから、がんばることが自然なんですよ。どれだけ汗かけるかみたいな。それって古くさいし毛嫌いする人もいますけど、それを歌えなかったら僕がステージに立ってる意味がない。これからも伝え続けたいと思いますよ!

プロフィール

うえなかじょうや●1978年11月12日、大阪府堺市出身。1997年に札幌にて結成された4人組ロックバンド、イナズマ戦隊のフロントマン。バンドは鍛え上げられたサービス精神豊かな“ロックンロール魂”を武器に、小さなライブハウスからフェスまで幅広く活動を展開。近年では関ジャニ∞『ズッコケ男道』『無責任ヒーロー』、Kis-My-Ft2『Everybody Go』『We never give up!』など著名アーティストへの楽曲提供や、巧みなトークを活かしてテレビやCMでも活躍中。5月3日には3度目のメジャー復帰作となる20周年記念盤『LIVE GOES ON!』をリリースした!

[Oh!!ビーフ]