竹下幸之介(DDTプロレスリング)の『ニシナリライオット』第22回:「KEW旗揚げと西成のレイ・ミステリオとS君の涙と」
ところが練習は順調に進むも旗揚げ前特有のゴタゴタで心身ともに疲弊してしまう。特に大きな問題になったのがセミファイナルで行う予定だったハードコアマッチだ。凶器を使ったハードコアマッチは怖くて、誰もやりたがらないので私がメインイベントとのダブルヘッダーを行うことで面子の問題は解決したが、凶器攻撃の練習中に誤って誰のものかもわからない傘を1本折ってしまった。
我々は証拠を隠滅すべく、セロハンテープで折れた部分をグルグル巻きにして補強し、知らないふりを通すことを誓い合った。墓場まで持っていこうと秘密を共有し合うも、この傘はS君の大切な1本だったことがのちにわかることになる。
S君は一般的にみても裕福な家庭ではなく、家に遊びに行ったら電気がつかなかったとか、学校の授業で育てているヘチマを持って帰って主食にしているとか、いわゆるボンビー伝説が後を絶たなかった。
笑顔をみせることもなければ、苦しい顔をみせることもなく、感情という回路が切れてしまっているような小学生である彼が泣きながら、多目的室に集められた同級生たちの前で訴えるのだ。
「おれの傘折ったんだれや! お母さんが買ってくれた、大事な傘折ったん誰や! 名乗り出ろ!」
この涙ながらの訴えに担任の先生の感情も大いに昂り、
「正直に名乗り出るまで今日は帰せへんからな!!」
「すみません。傘で背中を殴打し合っていたら折れてしまいまして」とは、いよいよ言い出せない空気になってしまい、ひとまず日も暮れたのでその日は下校することになった。
翌日も重い空気が教室を覆っていたと記憶するが、正直に名乗り出る勇気は当時の私にはなかったと思われ、苛まれる罪悪感からS君の目を見て話すこともできなくなったと思われ、 KEWも旗揚げ間近にして興行を中止することにした。
それから事あるごとにそのときのことを思い出しては後悔していて、S君に謝ることができたのは傘を折ってしまってから8年後。成人式の二次会で再会して酒を飲んだときだった。
当の本人はそのときのことを忘れていて、私は何度も頭を下げたがポカンとしていた。これでは気がおさまらないので、私の傘を持参し折ってくれと頼んだが「そんなことできない」と、一蹴されてしまった。
これを読んでくださっている人のなかにも、まだ誰かに謝れずに後悔している人がいるのではないだろうか。ぜひこれを読んだ今、その勢いさながら誠心誠意謝ってみてほしい。きっとわだかまりは消えるだろう。
「てめえだったのか!! ぶっ殺す!!」
ってなったら、その時は謝ったことを後悔すればいい。