TAKEMURA(SNAIL RAMP)『43歳のバンドマンチャンプ』【引退試合を振り返って(part.11)~最後のリングへ~】

連載・コラム

[2016/5/17 17:00]

1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのメンバーでありながら、キックボクシングの日本チャンピオンに上り詰めたTAKEMURAの自伝的連載!


『徐々に張り詰める空気』
自分の試合が近づいた俺は、セコンド、ジムメイト、ベイビーレイズJAPANのメンバーらとともに、入場口へ向かった。一番最後のメイン試合のため、後楽園ホール客席最上段からの入場だ。数分かかる薄暗い通路を言葉も発せず、ただ歩いていく。

先ほどまでは、控え室に来てくれたベイビーレイズJAPANのおかげでリラックスして喋っていたが、ここから空気は徐々に張り詰める。入場口に向かっている間にも、アドレナリンがどんどん分泌されていくのがわかる。

鼻の奥が熱くなり、やがて頭の中がジンジンしだした。2,000人近くの観客の前で今から殴り合い、蹴り合う。固い膝で内臓をえぐられるかもしれないし、尖った肘で顔面を切り裂かれるかもしれない。でももう恐怖は感じない。脳内は完全にアドレナリンに満たされていた。

「やってやる」――思うことはそれだけ。控え室にいたときは「勝っても負けても、全力を出し尽くす試合ができればいい」とも思ったが、ここで考えが変わった。

俺の引退を見届けに来てくれた人たちは、やっぱり俺が勝つと喜んでくれる。「竹ちゃんが勝ってくれた帰りの酒が美味いんだよ!」と嬉しそうに言ってくれるアイツら。31歳を過ぎてプロデビューしたバンドマンキックボクサー、その高いチケットを毎回買って応援し続けてきてくれた人たちへの恩返しは、やはり「勝利」だ。

「絶対やってやる。勝ってリングを降りてやる」――このときはすでに闘争心の塊だった。勝つことだけが自分の意義だった。入場口横では10数人のジム関係者、ベイビーレイズJAPANも全員押し黙って、殺気立ったシャドーをする俺の周囲に佇んでいた。

そんななか、ひとりの中年男性が俺に歩み寄る。そして動いてる俺にわざわざピッタリと体を寄せ、「おう、頑張れよ。おれぁ、ばーっちり応援してやるからな!」と酒臭い息で話しかけてきた。つい「お前、黙ってろ!」と俺も反射的に言ってしまったが、それと同時にその人はうちのセコンドに引き剥がされ、離れた場所に連れていかれた。その中年男性は、所属ジム会長の現役時に後援会長だった人だが、試合直前で昂ぶっている俺にはまるで関係のないことだった。

そうしてる内に前の試合は終了する。対戦相手の入場曲がホールから聴こえ、彼はセコンドとともにホールに入っていった。

『最後のリングへ』
そして、そろそろ俺の入場曲が鳴る頃だ。俺たちは円陣を組んだ。キャリアのいつの頃からか入場前に円陣を組み、声を出すのが習わしとなっていた。

「今まで練習ありがとうございました。13年間の現役生活もこれで最後です。集大成となる試合を見せます。……いくぞ!」「おぉぅ!」

そして俺の入場曲が響いてきた。自分の入場曲が使えるようになる5回戦に昇格した頃から、一貫して使ってきたこの曲。Andrew W.K の『Party Hard』だ。この曲を聴くと、引退した今でもアドレナリンを感じる。完全に条件反射だ。

ジムのノボリを持ったジムメイトに続き、俺も後楽園ホール会場に飛び込んだ。客席の一番うしろの高い場所から傾斜を降りつつ、リングへ向かうルートのスタート地点。ホントにたくさんの観戦者がいて、みんなが振り返ってこちらを見ていた。足下の先に見えるリングがやたらと明るく感じる。「これが最後か」――その光景を見てふと思った。

そして2度、3度、大きく咆哮し、終わりに向かう覚悟を決めた。

俺はリングに向かって長い階段を下り始めた。

<次回更新は6月7日(火)予定!>

【著者紹介】

TAKEMURA(竹村哲)
1995年にスカパンクバンドSNAIL RAMPを結成。2000年にリリースしたアルバム『FRESH BRASH OLD MAN』でオリコン1位を獲得するなど、一時代を築く。バンド活動と並行し、2001年からキックボクシングを始め、2014年10月に43歳の年齢でNKBウェルター級チャンピオンに輝く。2015年12月12日には後楽園ホールにて引退試合を行なった。SNAIL RAMPは現在、“ほぼ活動休止”中だ。

[耳マン編集部]