TAKEMURA(SNAIL RAMP)『43歳のバンドマンチャンプ』【引退試合を振り返って(part.9)~リングの確認/控え室の様子~】
1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのメンバーでありながら、キックボクシングの日本チャンピオンに上り詰めたTAKEMURAの自伝的連載!
『ウォーミングアップの様子は見せたくない』
客入れ間近の後楽園ホール、当日の最終打ち合わせをしていたが俺は少しでも早くアップがしたい。自分に関係のある引退式部分の打ち合わせだけ参加し、あとは中座。そのままリングに上がって軽いアップを始めた。
本格的なアップはもっとあとでやればいいが、リングに上がることは客入れ前でないとできず、リングマットのすべり具合、ロープの張りなどを確かめるのはこのときしかない。
特にマットのすべり具合を確かめるのは重要だ。2014年4月のタイトルマッチ前哨戦、後楽園ホールのリングはマットを新しい物に張り替えたばかりで、それはとても滑りやすかった。両足でしっかり立てば問題ないが、片足で立つ蹴り、特に打点の高いハイキックやミドルキックを放つとバランスを崩しやすい状況だった。試合前のチェックでそれに気付いた俺は高い蹴りの割合を減らしたが、当時のチャンピオンは気付いていなかったのだろう。蹴るときに何回かバランスを崩し、その結果スタミナをロスするといった苦境に陥っていった。
しかし今日は大丈夫、滑りすぎることはないし普段どおりに闘えばいいだろう。そんなことを思いながら俺はリング上をウロウロとしていた。
実は開場前のこのリング上もすでに試合中といっていい。目ざといセコンド陣やクレバーな選手は、対戦相手のシャドーやミット打ちの様子をどこかから眺め、長所短所を見極めていく。リング上の様子は控え室のモニターにも映し出されているので、そこでジッと観察していることもある。
実際に俺も、後輩と対戦する選手のアップを見てその弱点に気づき、そこを突くことで勝たせた経験も持っている。しかも自分の強さに自信のない俺は、絶対にそんなリスクを冒したくない。
だからリング上ではシャドーすらしない。ウロウロ歩き、マットとロープの感触を確かめたあとは身体をほぐすことに重点をおく。現役最後のこの日もそうし、間もなく客入れを行おうとしているホールから控え室に戻った。
『駆けつけてくれた仲間や家族……イライラがウソのように引いていく』
すると、この日引退を迎える俺のために控え室にはさまざまな人が声を掛けに来てくれた。キックボクサーとしてはまだ駆け出しだった10年以上も前に、トレーナーのひとりとして一時期面倒を見てくれた方も引退を見届けに神戸からわざわざ来てくれた。
K-1 MAXなどで活躍した佐藤嘉洋君も、忙しい間を縫って名古屋から駆けつけてくれた。そしてカミさんの両親、兄弟、親戚までもが鹿児島、長崎といった遠方から空路で来てくれた。
今までも東京で応援してきてくれた皆も、ここぞとばかりに集まってくれた。「絶対に負けられない」、最初はそう思い、それをプレッシャーに感じた日もあったが、ここまでくると「あぁ、これはお祭りなんだな」と思えてきた。
振り返ってみれば、31歳で遅いデビューをし43歳でまさかの戴冠、44歳まで現役を続け引退の花道まで用意していただいた。選手としての能力は加齢で底まで落ちてるし、もともと華麗さを期待されるような才能ある選手ではなかった。
だったら勝とうが負けようが、最後に自分らしい全力を出す試合をして、俺の生き様を見てもらえばいいじゃないか。そんな気持ちに自然となり、取り巻く不本意な状況にイライラしていた気持ちがウソのように引いていった。
13年間の現役生活最後の試合開始まで、あと2時間。ここからはあっと言う間だ。
<次回更新は5月3日(火)予定!>