TAKEMURA(SNAIL RAMP)『43歳のバンドマンチャンプ』【引退試合を振り返って(part.5)〜計量〜】
1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのメンバーでありながら、キックボクシングの日本チャンピオンに上り詰めたTAKEMURAの自伝的連載!
試合前、計量現場の壮絶な光景
2015年12月12日、引退試合当日の朝8時、睡眠時間4時間ながらもすっきりと目が覚めた。
朝10時から後楽園ホールで計量が始まる。俺はメインでの試合なので計量は一番初めにやってもらえる。食べ物どころか水さえも極端に制限して減量してくるキックボクサーたちは、少しでも早く計量をパスし、水分、食べ物を摂りたい。前座クラスの選手だと計量7時間後には試合を行う選手もいる。
7時間というこの時間、実は「食べる→消化→エネルギーに変換」するには非常に短い時間で、食べる物によっては消化はできてもエネルギーにキチンと変換されていない場合がある。計量時、選手の体内に残されたエネルギーはほぼガス欠。いくらガソリンを満タンに入れても、その種類によってはエンジンを動かすのに時間を要し、車を走らせることができないのだ。そうするとヒドいときは1ラウンド闘っただけでガス欠、スタミナ切れを起こし体が動かなくなり、ヒドい目にあう。
2002年12月のデビュー戦、計量時間10分前に計量会場に着くと、その日試合をする20~30人のキックボクサーたちは皆一様に生気なく押し黙って座り込み、中には床に倒れこんでいる者もいた。水分もカットしたその体はカラカラで、唇はひび割れている。
「マジかよ」――異様な光景を見た俺は何だか暗い気分になってしまい、試合前にこんな光景は見たくないなと強く思った。それからというもの俺は計量開始時間の午前10時に行くのをやめた。大体午前10時半、ほぼ全員の計量も済み計量会場には連盟幹部、スタッフとして動くジムの会長たちだけが俺の到着を待っていた。
「竹村! 遅いぞ!」と俺を叱る声。「いやー、すみません」と謝るものの、大して悪いとは思っていなかった。規則では「計量時間は午前10時~11時」となっていて、その間に計量をパスすればいい。午前10時半に計量するのは何の違反でもない。最初のうちは怒られていたが段々と皆慣れっこになり、10時半前に着くと「竹村、今日は早いじゃないか!」と逆に褒められるようになった。
引退試合はジャストで計量をパス
しかし今回は引退試合だ。現役最後の日くらいは計量開始時間どおりに着き、後輩たちの手本となるよう行動するか。そう思いつつ身支度を済ませ、家を出る。計量会場に入ってみると選手は誰もいない。到着はやっぱり10時半だった。
「お前は最後までちゃんと来なかったなぁ」と幹部の人に冗談めかして言われ、まわりの会長さんたちも笑っている。
「いやー、最後くらいはちゃんと来ようと思ったですけどねぇ」と言いながら手早く服を脱ぎ、パンツ1枚で体重計に乗る。
「67kgジャスト」――異様計量係のレフリーが告げた。バッチリだ。今回の契約体重は67kg、そこに50gの狂いもなく合わせられた。
「たかが50g!」と思う方も多いだろうが、50gであれば50ccの水分だ。契約体重より50gアンダーであれば「あと50cc 水が飲めたのに」だし、100gアンダーであれば「100ccも水が飲めたじゃん!」となる。これが200gもアンダーすると「ぐぅ~、何か食べられた! 無駄に苦しい思いをした俺はバカか!」と激しく後悔するし、このちょっとしたことが体調にひびくので、体重は落としつつも規定体重ピッタリに調整するのが有利となる。
今でこそ規定体重にピッタリ合せることもできるが、デビュー戦時はヒドかった。計量したら規定体重の1.4kgアンダー。「とにかくオーバーしちゃいけない」と不安にかられ、体重を落とし過ぎてしまったのだ。体重を落とし過ぎ、必要以上に身体に負担をかけてしまったおかげで試合はバテバテ、不可解な判定で辛うじて勝てたからいいものの、とても苦い経験になった。
しかし13年経った今では計量もジャストでパス。「さすがだな、チャンピオン!」と他ジム会長さんから声をかけてもらい、そそくさと計量会場を後にした。やっとまともな食事にありつける! まだ試合前だが、このときばかりはちょっとした解放感に包まれる。
好きな物をお腹いっぱい食べたいが、それは試合後。何をどう食べるかで試合結果は左右する。計量後の食事からすでに試合は始まっているのだ。(続く)
<次回更新は2016年3月1日(火)予定!>