TAKEMURA(SNAIL RAMP)『43歳のバンドマンチャンプ』【引退試合を振り返って(part.6)〜勝つ食事/負ける食事〜】

連載・コラム

[2016/3/1 11:30]

1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのメンバーでありながら、キックボクシングの日本チャンピオンに上り詰めたTAKEMURAの自伝的連載!


負ける食事とは
引退試合の計量を67kgジャストでパスした俺は、数日ぶりにまともな食事を制限なく摂る。制限なくとは言っても、大事なのは6~9時間後に闘うためのエネルギーになること。やっと減量から解放されるからと言って、「何でもいいから好きな物」を食べていたのでは勝てない。

これは、どのスポーツにも共通する栄養科学的な話になってくる。厳密に言えばアーティストが行うライブでも、これが重要な場面は多々ある。ただこれは長い話にもなるので、もしこのコラムが別の形で世に出ることがあればそこで「勝てる食事」の話もしたいと思う。

でもせっかくなので、ここでは「負ける食事」の話をしよう。しかも実例だ。

以前、対戦予定の相手が「今日は肉を食べたら練習でもスタミナが持ち身体がよく動いた。肉はいい」とブログに書いているのをみた。そのときは「ふーん」と流した俺。そして対戦する試合が迫ったある日のブログには「計量後の食事には肉を食べよう。これで試合も大丈夫だ」的な書き込みがあった。

俺は「おいおい、本当かよ」と半信半疑だったが、試合当日の計量後、対戦相手が本当にお弁当につめてきた肉をメインに(と言うか、そのお弁当箱には肉しかなかった)パクついているのを目撃して、「ウソだろ!マジかよ!」と驚愕した。

と同時に「あぁ、今日は勝ったな」と思った。動けるかもしれないがそれも序盤だけ。中盤以降はスタミナ切れでグダグダになるはず。案の定、対戦相手は早い段階で失速。試合は判定までいってしまったものの相手を肘で数カ所斬り、ローキックでダウンを取ったうえでの判定勝ち。完勝だった。

俺から言わせれば、試合前日や当日にまとまった量の肉を摂るなどあり得ない。最近は食べ物に含まれる成分・イミダペプチドによる疲労回復効果が有名にはなったが、それを狙うのであれば俺の場合(プロキックボクサーの練習疲労度、身長約173cm、通常体重70~73kg)、肉であれば約1kg弱、50cm程度のカツオであれば丸ごと1本食べる位の勢いでないと、その効果は実感しづらい。

イミダペプチドの疲労回復効果を狙って肉などを食べるのであれば、トレーニングがハードになっている「仕上げ前の追い込み期間」に食べるべきだし、試合当日のコンディショニングのための疲労回復は別の方法でクリアすべきだ。

普段はまったく気付かないが、その食べ物によって身体に与える影響も違うし、おにぎり1個、食パン1枚がどれ程のエネルギーに満ちあふれているか。これは減量で身体のエネルギーがすっからかんになったからこそ実感できるのだ。

格闘技界の「食事」に対する意識の低さ
スポーツにおいて「トレーニング方法」と並列で語られるべき「食事」ではあるが、格闘技においては他競技にかなりの遅れをとっているのが現状だ。随分前だが、ある有名ボクシング選手とゆっくり話す機会があった。のちに世界タイトルを当然のように取る才能あふれる選手だが、当時はまだ日本タイトルを取るか取らないかといったタイミング。

そこで減量中や計量後のリカバリーするために摂る食事についての話題になったのだが、彼のあまりの知識の乏しさに愕然とした。所属ジムは有名大手ジムなので技術はもちろん、さまざまな知識も豊富なトレーナー陣からバッチリ教育されているはずと思い、当初はその貴重な知識のおこぼれに預かろうとしたのだ。

それが蓋を開けてみれば、まったく無名のしがないキックボクサーが世界レベルの有名ボクサーに食事についてレクチャーするという逆転現象。俺はトップ選手の知識の乏しさにも愕然としたが、知識が乏しくとも相手に勝ってしまうその実力に呆然としてしまい、その差にある意味の諦めを感じながら帰路についた。(続く)

<次回更新は2016年3月15日(火)予定!>

【著者紹介】

TAKEMURA(竹村哲)
1995年にスカパンクバンドSNAIL RAMPを結成。2000年にリリースしたアルバム『FRESH BRASH OLD MAN』でオリコン1位を獲得するなど、一時代を築く。バンド活動と並行し、2001年からキックボクシングを始め、2014年10月に43歳の年齢でNKBウェルター級チャンピオンに輝く。2015年12月12日には後楽園ホールにて引退試合を行なった。SNAIL RAMPは現在、“ほぼ活動休止”中だ。

[耳マン編集部]