TAKEMURA(SNAIL RAMP)『43歳のバンドマンチャンプ』【引退試合を振り返って(part.12)~試合開始のゴング~】

連載・コラム

[2016/6/7 17:00]

1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのメンバーでありながら、キックボクシングの日本チャンピオンに上り詰めたTAKEMURAの自伝的連載!


『死んでもいいから、やってやる』
自分の入場曲が鳴り響く後楽園ホールに飛び込んだ俺は、客席最上段からリングに向かい降り始めた。客席から「竹村!頑張れよ!」の声とともに、無数の拳が突き出されてくる。そのひとつひとつに、ひとつの漏れもないようにグローブタッチをしながらリングに向かう。

他団体のトップランカーでありながらも練習仲間として交わった選手も拳を出していた。リングサイドには出稽古でお世話になった他ジムの会長もいてくれた。そして拳を突き出しながら「やってやれ!」と、今まで見たことのない程気迫に満ちた表情で俺を叱咤した。

これで俺のギアはさらに上がった。

聞くところによるとラグビーでは、試合前ロッカールームでの監督、キャプテンからの檄などによりその選手たちのテンションは最高潮に達し、涙をボロボロこぼしながらフィールドに出ていくそうだ。

俺にラグビーの経験はないが、その気持ちはよくわかる。というかまったく同じなんだと思う。「死んでもいいから、やってやる」と。

リングに上がる直前、自陣の赤コーナー側リングサイドに子どもを抱いたカミさんが見えた。俺は近づき子どもに顔を寄せたあと、「行ってくる」とカミさんに声をかけた。彼女はただ黙って頷いた、が記憶を辿っても表情が出てこない。心配そうな顔を見たくない俺は、無意識に目も合わせず声をかけていたのだろう。

リングに上がる短い階段の手前ではいつも、勝利を祈り無事を願う。だがこの日は違った。

「身体はどうなってもいい。思い切りやらせてくれ」

現役生活13年間の締めくくりで、消化不良の悔いが残るのだけは本当にイヤだった。そして同時に必要なのは「勝利」。ムシの良すぎる話しなのは百も承知だが、満点を狙うから初めて90点や95点が取れる。最初から80点狙いじゃ、せいぜい取れても60点だ。

『最後までせわしなかったリング上、そしてゴングが鳴る』
セコンドがその間を広げてくれたロープの隙間から、身体をリングに滑りこませた。上がってみてびっくりしたのは、ホールにいる観客からの注目の度合い。これまでの試合もセミやメインで闘ってきたが、そのときでも熱心に観ていてくれるお客さんと興行を惰性で観続けているお客さんの混在はわかっていた。しかし、この引退試合は違った。

タイトルマッチのときですら感じなかった視線の熱量。そしてベルトを持って先導し、先にリングに上がっていたベイビーレイズJAPAN・りおトン(渡辺璃生)が役目を終え、リングを降りていく。彼女たちが座るために用意したリングサイド席を見ると、こともあろうにうちのジム関係者が座っていた。

「そこはお前の席じゃない!ベビレの席!」とリング上から言ったが、当のメンバーたちが見当たらない。「誰かメンバーをその席に案内してやって!」とバタバタしてるうちに「赤コーナー、NKBウエルター級チャンピオン、竹村ぁ哲ぁ~!」とリングアナにコールされてしまった。

ベイビーレイズJAPANメンバーをそこに座らせるのには理由があった。この試合の10日程前、彼女たちのやっている番組にゲストで呼んでもらい、この試合のことも含め丁寧に取り上げてもらっていた。ゆえにこの試合には後フォローで番組側の取材も入っており、画像撮りもあったので俺は「彼女たちがきっちり映る角度の席」を考え、準備していた。だから何としてもメンバーたちにはそこの席に座ってもらう必要があったのだ。

バタバタはしたが、やがてメンバーたちがリングサイドに座るさまが視界に入った。良かった……。

しかし気づくと試合開始直前。リング上でこんなせわしなかったのも初めてだが、不思議と焦る気持ちは皆無だった。闘う気持ちもまったく萎えず、持続している。「あぁ、悪くないな」、そう思った瞬間、試合開始のゴングが鳴った。

「ファイト!」

レフェリーは上気した声で、俺と対戦相手に闘いを命じた。

<次回更新は6月21日(火)予定!>

【著者紹介】

TAKEMURA(竹村哲)
1995年にスカパンクバンドSNAIL RAMPを結成。2000年にリリースしたアルバム『FRESH BRASH OLD MAN』でオリコン1位を獲得するなど、一時代を築く。バンド活動と並行し、2001年からキックボクシングを始め、2014年10月に43歳の年齢でNKBウェルター級チャンピオンに輝く。2015年12月12日には後楽園ホールにて引退試合を行なった。SNAIL RAMPは現在、“ほぼ活動休止”中だ。

[耳マン編集部]