TAKEMURA(SNAIL RAMP)『43歳のバンドマンチャンプ』【引退試合を振り返って(part.13)~密かなる作戦~】
1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのメンバーでありながら、キックボクシングの日本チャンピオンに上り詰めたTAKEMURAの自伝的連載!
相手は苦手な「パンチャー」
気のせいか普段より上気したようなレフリーの「ファイト!」の声で、俺の引退試合は始まった。対戦相手のマサ・オオヤ選手とは数年前に一度対戦経験がある。彼は強烈なパンチを持ち味とする「パンチャー」だ。
以前対戦したときはドローだったものの、重い右ストレートで効かされたうえに左目をブックリと腫らされた苦い思い出がある。そして何より俺は「パンチャーが苦手」なのだ。戦歴を振り返っても敗けた試合は大抵パンチャーにパンチをもらい、苦汁をなめている。
今まで相手の肘や膝、ましてや蹴りが原因で敗けたことは一度もないが、44歳という年齢なのか、13年間という現役生活で蓄積されてしまった脳へのダメージがあるのか、顔や頭を打たれると昔よりも確実に効きやすくなってしまっていた。
ただ「パンチを効かされる」というが、一体どんな状態になるものなのか。当たり前だが経験したことがない人のほうが多いと思うので、俺の経験上の話をしよう。
まず軽めのパンチで効かされたとき。立ちくらみのようにちょっとクラッとしたり、目が回ったような状態になりフラつくが、その瞬間さえ乗り切ればその後も闘える。ただしこれが複数回重なると、膝に力が入らなくなって尻もちをついたり、いわゆるダウンをしてしまう。が、再び立ち上がることができる。
しかし、これが強烈な1発で「ガツンッ!」と効かされてしまうと一瞬にして意識を失い、失神した状態で崩れ落ちリングマットに叩きつけられることになる。もうこうなると10カウントで立つことは不可能だし、やられる数十秒前からや試合の記憶自体なくなることが多い。試合後に戻った控え室で「え?俺、試合したの? 勝った?負けた?」と、壮絶なKO負けした選手がセコンドに何回も何回も訊くのはお決まりの光景だ。
これは余談だが、ケンカなどで「殴られて死亡」となる場合、パンチが当たったショックのみで死亡するケースは稀だ。あれは殴られた衝撃で脳震盪をおこし昏倒、崩れ落ちるときに無防備のままアスファルトやコンクリートの路面に頭を打ち付けるため、その衝撃で脳が頭蓋骨内壁にぶつかり損傷、出血。そして、くも膜下出血や硬膜下出血を起こして死に至るケースが多い。
俺の密かな作戦
話しが逸れたが、この何がなんでも勝たなくてはならない引退試合でマサ・オオヤ選手のパンチをもらうのは、まさに命取りになる。パンチは蹴りよりも当てやすいために、こちらが優勢であっても1発でひっくり返されてしまうし、何よりも気をつけなければいけないのは序盤だ。
相手のパンチに目が慣れていない段階で畳み込まれると、2~3発はすぐにもらってしまう。現に俺がパンチャーにやられるのは決まって1R。そこでもらってしまいKO負けを喫するのだ。しかし絶対に負けられないこの試合では、万全を期さなければならない。3分×5Rの試合をどう組み立てるか、俺はすでに決めていた。
「相手のパンチに目が慣れるまでは、ひたすらディフェンスに徹する」
もちろんチャンスさえあれば序盤から相手にダメージを与えることもやぶさかではないが、リスクを冒してまではそれはしない。相手の攻撃を受け流しつつ、そのパンチの軌道、リズム、強さ、タイミングを見極める。前半はひたすら我慢との闘いだ。
俺が所属するNKB日本キックボクシング連盟は「やるかやられるか」を標榜する、攻撃的な試合を良しとする伝統を持つ団体。そこで「相手の出方をじっとうかがう」スタイルを取るのは「チャンピオンにあるまじき」と批判を受けかねない。ましてや、その作戦が裏目に出てKO負けでもしようものなら、会場の雰囲気はひたすらシラけたものになり、直後に行われる予定の引退式は限りなく寂しいものになるだろう。
しかし、より確実に勝つためにはこの作戦が一番だ。とは言えセコンドの中心となるジムの会長にこのプランを話しても、納得はしないだろう。
俺はこの作戦を独りで遂行することを決めていた。
<次回更新は7月5日(火)予定!>