TAKEMURA(SNAIL RAMP)『43歳のバンドマンチャンプ』【引退試合を振り返って(part.14)~飛び交うヤジ~】

連載・コラム

[2016/7/5 18:00]

1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのメンバーでありながら、キックボクシングの日本チャンピオンに上り詰めたTAKEMURAの自伝的連載!


たったひとりでこの作戦を実行する

パンチでの攻撃を得意とする選手には警戒しないといけない俺。「相手のパンチに目が慣れるまでは、ひたすらディフェンスに徹する」という試合プランを立てたものの、「とにかく攻めろ」と指示を出すセコンドの会長にそれを伝えても、納得してもらえないのは充分承知。ならば、たったひとりでこの作戦を実行していくしかなかった。

試合開始直後から相手選手は、パンチにローキックを織り交ぜながら攻撃をしてくる。とは言え、本気のパンチや蹴りでもない。向こうも様子を見ながらの攻撃だ。

俺にしてみればそれはラッキーだった。動きが硬い序盤に全力で来られるとその速さについていけなかったり、その強さに身体が緊張し1発もらってしまう可能性もあった。しかし相手選手も比較的にゆっくりと立ち上がってくれたから、こちらも徐々に馴染んでいける。

アップライト(※)に構えた俺は、向かってくるパンチをパリング(※※)でいなしていく。「見えてるな」——闘いながら俺は思った。相手選手のパンチを打ってくるタイミングも分かるし、軌道も予想範囲内。意外だったのはむしろ「パンチの威力が思ってたより軽かった」ことだ。
(※)重心を落とさず、真っすぐに構えること
(※※)相手のパンチを自分の掌ではたき落としたり、軌道をそらすテクニック

ローキックも然り。仮にクリーンヒットをもらってもダメージを負う気がしなかった。プロデビュー間もない頃までは、スパーリングでローキックを蹴られるとすぐ効いてしまい、立ち上がれなくなったり歩けなくなったりしていたものだが、ロードバイクでのトレーニングや下半身のトレーニングをこなすようになってからは、蹴られても効いてしまうことがほぼなくなった。

今のところ、相手選手の攻撃力に恐れるべきものはなさそうだ。とは言っても、このまま何も手を出さずにディフェンス一辺倒ではジャッジの印象が悪い。ヘタしたら相手にポイントを取られてしまう可能性もある。ところどころで俺もローキックを返していった。ただ印象としては「竹村はほぼ手を出さなかった」 だろう。

現に観客からは「竹村!おとなしいぞ!」「スロースターター!!」と早くも野次が飛び始めていた。

こんなことは初めてだったが、この1ラウンド目に俺が出した攻撃はローキック10発、ジャブ1発のみ。相手選手の10分の1程度の手数。たったこれだけで最初の3分間が終わった。

キャリアの中で一番数多く野次を浴びた引退試合

コーナーに戻る竹村

1分間のインターバルになり、自陣コーナーに戻りセコンドからの指示を受ける。

「よしっ、もう相手の攻撃は見えているな。次からはいけよ。手を出せ!」

会長はこちらに顔を近づけて檄をとばし、「はい」と俺はうなづいた。が、心中では「まだだ」と思っていた。相手の攻撃は見えているが、向こうもまだ元気だ。力ずくでいってカウンターで倒されてしまっては元も子もない。いける瞬間があればいくが、無理はせずにこちらはスタミナを温存。ここぞという時に一気にまとめよう。

そう決め、2ラウンド目に向かっていった。「まだだ」と決めてはいても、相手選手がアグレッシブになりつつあったから、先ほどよりはこちらの手数も自然に増える。しかし(当たり前なのだが)観客にしてみたらなったく物足りないようで、野次はどんどん増えてくる。今までのキャリアの中で一番数多く野次を浴びたのが、この引退試合だった。

ただ、お金を払っている観客は(常識内の)野次をとばす権利があると俺は思っているし、野次られても基本的に気にならない。しかしこの日だけは違った。ひとりだけリズム感の悪い野次を、やたらとしつこくとばしてくる男性客がいたのだ。おまけにやたらと大きい声が出せるらしく、試合をしている俺の耳にもはっきりと入ってくる。

こっちは相手の攻撃を見切ろうと集中し、どこで反撃しようかうかがっているのに、その集中力が削がれそうになって きてしまった。イラついてる俺にその男性客が再度、デカい声で野次った。

「竹村!手ぇを出せよ!お前◯※△×●□!」

そのとき、俺と相手選手の距離は少し開いており攻撃をもらう間合いではなかったからなのか、俺はその男性客のいる方向に向かい瞬間的に怒鳴っていた。

「うるせえ!」

今考えると大人気なくて恥ずかしいばかりなのだが、あの時は反射的に言い返していた。言い訳をさせてもらうならあれは野次に腹が立ったのではなく、大事な試合で必死に遂行せんとしているプランの邪魔をされたくなかったのだ。

結果としてその男性客が野次ることは以降なかったので良かったが、その行動を問題として捉えた団体幹部がいたのが後に発覚する。

<次回更新は7月19日(火)予定!>

【著者紹介】

TAKEMURA(竹村哲)
1995年にスカパンクバンドSNAIL RAMPを結成。2000年にリリースしたアルバム『FRESH BRASH OLD MAN』でオリコン1位を獲得するなど、一時代を築く。バンド活動と並行し、2001年からキックボクシングを始め、2014年10月に43歳の年齢でNKBウェルター級チャンピオンに輝く。2015年12月12日には後楽園ホールにて引退試合を行なった。SNAIL RAMPは現在、“ほぼ活動休止”中だ。

[耳マン編集部]