【社長と音楽】豪州にてチェロ演奏家から舞台演出にシフトして大成功……才能あふれるデザイン会社の若手社長

特集・インタビュー

[2019/10/7 12:00]

——いやぁ、本当にすごいバイタリティですね。オーストラリアで大学を卒業したあとすぐに帰国することになったんですか?

そうなんです。でも、実はオペラハウスで就職が決まりかけるという快挙を起こしたんです。大学時代、唯一僕だけがオペラハウスにインターンシップに行かせてもらえたんですけど、大学に「竹林はうちで雇うからよろしく」って連絡がきたみたいなんです。教授も「オペラハウスで就職が決まったのあなたが初めてよ!」って喜んでくれたんですけど、オペラハウス側は僕をアジア系のオーストラリア人だと思っていたみたいで……。留学生となると難しくなってくる部分も多くて、残念ながらっていう話になっちゃったんですよね。

——非常にもったいない話ですね……。

でもすごくいい経験でした。「インターンのくせに」みたいな扱いはなくて、自分がいい仕事をすれば平等に評価してくれるんです。舞台で使う備品を作ったときにはプロの先輩たちが「それいいね。どうやって作ってるの?」って聞いてきたりもしましたからね。でも日本に帰ってきて映画業界に就職したら、一瞬でパスーン!とやられて。

——海外とは全然違った?

もう全然ですね。上司にもガンガン言ったりしちゃうからイジメとかにもあったし、もう最悪でしたね。

——会社を立ち上げるまでにはどんな仕事をしていたんでしょうか?

映画業界とかCM業界を転々として、ラストチャンスだと思ってデザイン会社に入ったんです。もしこれでものづくり系が合わないのであれば、大使館で働くとかオーストラリアにちょっとでも近いことをしたいと思って。その会社は先輩がよくて、僕を受け入れてくれたんですよ。その先輩はすぐに辞めちゃったんですけど、そのデザイン会社で5年続けて部長になったところで辞めて、会社を作りました。

——非常に音楽に密接な人生を過ごしてきていますが、今の仕事が音楽と繋がっているのはどんなところだと感じていますか?

音楽って弾き出すまでは音が何もないですよね。だけど、何かのタイミングで指揮者がポンとやったら曲が進んでいって、テンポが速くなったりとか遅くなったり、音が強くなったり弱くなったりがあって、終わっていく。僕が今メインでやっているのはブースのデザインなんですけど、何もないところからプロジェクトが発生して、手書きでデザインをして、それを業者に発注して、実際に完成したものを見て、クライマックスに行った!と思ったら次の日には撤去。また更地に戻るっていう。このルーティンが音楽にすごく似てると感じています。そしてAメロ、Bメロ、サビみたいな流れとか、強弱のつけ方とか、音楽と同じようなストーリーがひとつひとつの仕事にあるんですよ。

——なるほど。

会社の名前を『リオエンターテイメントデザイン』に決めたんですが、リオっていうのはブラジル語で「流れる」っていう意味があって、今流れている時代背景に合ったエンターテイメントをデザインする会社でいたいっていう気持からこの社名にしたんです。それには音楽は絶対関わってくるし、映像も関わってくるし、今までやってきた舞台系、映画系、映像系も音楽も、すべてがリンクしてるなと思っています。

株式会社リオエンターテイメントデザインロゴ

——今後の展望を聞かせてください。

僕は人間が好きだから、スタッフたちが「この会社で仕事ができて幸せだな」って思ってくれる会社であり続けたいです。僕もまだプレイヤーではありますがスタッフたちに任せている仕事も多いので、彼らが気持ちよく仕事できる環境を提供し続けることが僕の一番の仕事かなと思っています。そういう場をつくることも僕にとってのエンターテイメントだと思っています!

(おわり)

想像できないほどの努力と半端じゃない芯の強さ

軽快な身振り手振り、話し方で自身の音楽遍歴や仕事観を語ってくれた竹林社長。あまりのフランクさに冒頭こそ少し戸惑ったが、想像できないほどの努力と半端じゃない芯の強さをもってここまで歩んできたことをひしひしと感じ、その人間力にどんどん引き込まれていった。「昨日できなかったことは今日できる人間になりたいし、今日の自分は明日の自分を作ると信じている」とも語ってくれ、努力する才能にあふれた人間とはこういう人を言うのだなと痛感した。「音楽でいうならクラシックだけでなく2CELLOSみたいにさまざまなジャンルにトライしたい」とまだまだ自身の進化を止める様子のない社長が、今後、どのように事業を展開していくのかも非常に楽しみだ。竹林社長、ありがとうございましたぁ! ぜひまたチェロも演奏してくださいね!

プロフィール

たけばやしりょうた●1983年7月7日生まれ、神奈川県川崎市出身。中学校まで地元で過ごし高校よりオーストラリアに留学。クラシック音楽演奏をメインとした高校生活をシドニーで過ごし、学内のオーケストラをはじめスズキ・メソードの活動にも積極的に参加し、オペラハウスや教会での演奏など数多く行う。同国の大学では舞台演出や映画のセット、ライティング、サウンドデザインなどを学び、帰国して映画関係やCM関係、デザイン会社を経て2011年に株式会社リオエンターテイメントデザインを設立した。

株式会社リオエンターテイメントデザインホームページ
https://www.rio-e-design.com/

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