「SNAIL RAMPの作り方:その1」タケムラ アキラ(SNAIL RAMP)の『炎上くらいしてみたい』

連載・コラム

[2018/4/16 17:00]

1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのフロントマン・タケムラ アキラが書きたいことを超ダラダラ綴っていく新連載! この人……ホントにキックボクシングの元日本チャンピオン!?


俺がやっていたSNAIL RAMPというバンドは、2015年8月に「ほぼ活動休止ライブ」をやって以来、何の活動もしていない。「もしかしたら急にフワッとやることがあるかもな」と思い、「ほぼ」活動休止と銘打ったが、そんなのは気の回しすぎだった。

SNAIL RAMPは1995年5月くらいに活動し始め、途中2002年10月から丸2年の活動休止期間があったものの、約20年間(正確には18年間)バンドとして稼動していた。

もともと忘れっぽい性格だった俺だが、キックボクシングで打たれすぎたのか、自分がバンドをやっていたということ、そしてそのときの記憶も徐々に薄れていっている。

このSNAIL RAMPに結成からずうっといるのは俺、竹村だけだ。このバンドの20年間を振り返ることができるのは俺だけなのか……。ドキッとした。俺がSNAIL RAMPの歩みを忘れたら、もう誰もこのバンドを思い出すこともない。

「バンドは2度死ぬ」

まずはその命が尽き、解散したとき。2度目は、皆の記憶からそのバンドが消えていくとき。

やっぱり書くか。

過ぎ去ったバンドSNAIL RAMPについて、いまさら書いたところで誰も喜ばないのはわかっている。でもやはり書いておこう。あのとき、俺たちはSNAIL RAMPに夢中だった。

そこには脳内麻薬がドバッドバに出ていたであろう興奮があり、ライブ後もそれが止まらずに一睡もできないような時期もあった。しかしそれと引き換えのような苦しみもあり、活動を止める決心をしたこともあった。

これからどんな形でSNAIL RAMPを書いていくのか、それは俺にも予測がつかない。時には時系列、時には個人に焦点を当て、とにかく思いつくままに綴っていくことになるのかな。

そこには組み立ても何もない。あっちへ飛んで、こっちに戻って。行き当たりばったりなのはSNAIL RAMPと一緒。

バンドの話に飽きたときには、その時々に普通のコラムを書こうか。

そんな感じで振り返ろうと思うSNAIL RAMPだが、いま気づいた。俺には俺のSNAIL RAMPがあり、メンバーやスタッフ個々にそれぞれのSNAIL RAMPがある。

と言うことは、SNAIL RAMPを振り返ると結局は自分を振り返ることになりそうだな。まあ、それもいいよね。

ただ断っておくが、俺が書くSNAIL RAMPは俺のフィルターを通したもので、他メンバーからしたら「それ違うでしょ」「相変わらずだね(苦笑)」となるものかもしれない。

それを承知で読んでもらえたらと思う。

そしてこれからバンドをやろうと思っている、もしくはいまやっている最中の子たちがこれを読んでくれるなら、SNAIL RAMPの成功例や失敗例を感じ取り、自分たちの活動に生かしてもらいたい。

もちろんバンド活動に限ったことではない。何か自分のやりたいことを実現してやろうとする過程なんてものは、大なり小なり似たような境遇に置かれるはずだ。

この振り返りが君たちの成功の糧となれば最高に嬉しいし、ひとりでも多くの人が興味本位で読んでくれたら、それも本望だ。

じゃあ始めよう、まずは1994年末まで遡る。

【著者紹介】

タケムラアキラ(竹村哲)●1995年にスカパンクバンドSNAIL RAMPを結成。2000年にリリースしたアルバム『FRESH BRASH OLD MAN』でオリコン1位を獲得するなど、一時代を築く。バンド活動と並行し、2001年からキックボクシングを始め、2014年10月に43歳の年齢でNKBウェルター級チャンピオンに輝く。2015年12月12日には後楽園ホールにて引退試合を行なった。SNAIL RAMPは現在、“ほぼ活動休止”中。

[タケムラ アキラ]