「SNAIL RAMPの作り方:その3」タケムラ アキラ(SNAIL RAMP)の『炎上くらいしてみたい』

連載・コラム

[2018/5/17 11:30]

1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのフロントマン・タケムラ アキラが書きたいことを超ダラダラ綴っていく新連載! この人……ホントにキックボクシングの元日本チャンピオン!?


ふたつ目に組んだバンド(SNAIL RAMPを作る直近のバンド)は、メンバーを考え選んで組んだのがよかったのか、上々の滑り出しだった。結成するやいなや格上のバンドと対バン、ライブハウスのオープニングイベントに呼ばれたりもして、「この調子で活動できたら、このバンドは成功するかも!」と安直に思い始めていた。

でもわかるでしょ? このバンドがうまくいってたら、わざわざSNAIL RAMPは作られなかった。ライブ活動を始めて半年ほど経ったある日、メンバー全員の前でバンドのギタリストが話し始めた。

「◯◯いるじゃん? あいつらメジャーが決まったんだって」

「えー! そうなんだ。よかったねぇ」

◯◯は旧知の友達も参加していて、演劇、詩の朗読、音楽が混然とするスタイルで当時話題になりつつある、注目株でもあった。仲間内のメジャー契約を喜ぶ俺たちを見ながら、ギタリストは話を続ける。

「で、俺◯◯に誘われてしまってん」

俺たちは雑然としたお喋りをやめた。ギタリストの次の言葉を待ってはみたが、訛りはないはずの彼が訛りを入れて話す状況からして言い出しにくい案件なのは百も承知だった。

「それでどうするの?」

わかってはいたが、一応きいた。

「入ろうと思う。ごめんな」

誰もなにも言わなかった。そしてその日だったと思うが、ドラムの望も「しばらくバンドはやらない」と言い、バンドを脱退していった。

残された俺とボーカルの洋二郎はふたり、新宿のモスバーガーにいた。「何だかなー」と言いながら俺たちはハンバーガーを食べ始めたが、この日はいくつ食べても満腹感は得られなかった。

5個食べ終えたところで「これがストレスって奴の仕業なのか」と思い、それ以上は注文しなかった。その日から俺と洋二郎は「新たなメンバーを探そう」と決めた。しかし俺たちが素晴らしかったのは「誰かいないかなー?」と思ってるだけで、具体的にはまったくなにもしなかったことだ。

ただふたりでライブに行き、そこで知り合った奴の家に転がり込んだり、俺んちに泊まったりして日々を過ごしていた。あの日々をひと言で言おうか。「最高に楽しい」だ。

しかしあるとき、アメリカにいる友人のバーニーから連絡があった。バーニーは、彼女自身が日本留学していたときに知り合った女の子だ。

「NIRVANAのプロデューサーが、洋二郎たちのバンドを気に入っている。もし彼に会いに来るなら、私の家に泊めてあげるよ」

日本にいたってすることもない俺たちは、速攻でパスポートを取りシカゴに飛んだ。特に日程も決めずに旅立った俺たちは、結局アメリカに1ヵ月間いた。日本ではまだ一般的な知名度はなかったGREEN DAYが『BASKET CASE』でスマッシュヒットを飛ばした頃だ。カーラジオから30分に1回は『BASKET CASE』が流れる、そのくらいの人気だった。

アメリカでも俺たちは自堕落に過ごしていた。なんとなくダウンタウンをブラブラし、楽器屋やCDショップを覗き、いくつかのライブにも行った。なにもない夜は、40畳くらいはあるデカい地下室でビリヤードをし、そこにあるバンドセットを使い、爆音でアンプを鳴らしてバンドマンを気取った。1週間ほどマイアミに遊びに行ったりもしたな。

そして俺たちは帰国した。結局、NIRVANAのプロデューサーに会いもせずに。アポが1回あったのだが、「先方の都合が悪くなりキャンセルになった」とバーニーは言っていた。

帰国する機内で、俺たちは気づいていたことを口にした。

「プロデューサーが〜とか、ウソだったんだな」

アメリカに行ってみてわかったのだが、バーニーは日本で知り合った洋二郎のことが好きだったようだ。そして結論を言えば、バーニーは洋二郎を見事にモノにした。なかなかの策士ぶりに、今思い出しても感心する。

ウソをついて海外から自国に呼び寄せるなんて、俺にそんな度胸はない。でもそのお陰で俺たちは「観光するでもない、ただアメリカでダラダラと過ごす」経験ができた。

帰宅すると母親が「ちょっとアンタどこ行ってたの!」と語気荒く聞いてきた。

「いや、アメリカだけど?」
「え!ホントにアメリカ行ってたの?!」

日本出国の当日、親に何も言ってなかったのを思い出した俺は、家を出るときに「出かけてくるよ。しばらく帰ってこない」と告げた。「どこ行くのよ?」と聞かれたから「アメリカ行ってくる」とキチンと答えたのだが、本当にアメリカに行くとは思っていなかったようだ。

そのまま1ヶ月帰ってこなかった息子23才。いい加減にも程がある。しかしながら、このアメリカ行きが俺と洋二郎を別の道に歩ませるとはこのときはまったく思わなかった。

タケムラアキラ

竹村哲●1995年にスカパンクバンドSNAIL RAMPを結成。2000年にリリースしたアルバム『FRESH BRASH OLD MAN』でオリコン1位を獲得するなど、一時代を築く。バンド活動と並行し、2001年からキックボクシングを始め、2014年10月に43歳の年齢でNKBウェルター級チャンピオンに輝く。2015年12月12日には後楽園ホールにて引退試合を行なった。SNAIL RAMPは現在、“ほぼ活動休止”中。