「SNAIL RAMPの作り方5:メンバー探し」タケムラ アキラ(SNAIL RAMP)『炎上くらいしてみたい』
1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのフロントマン・タケムラ アキラが書きたいことを超ダラダラ綴っていく新連載!
新たなるメンバー募集の手段。それは「サークル」だ。いや、なにもメンバーを探すために「どこかの大学に入学→音楽サークルに入る」というまどろっこしいことをやるわけじゃない。「メンバー探しのサークル」といったものが存在していたのだ。
それは月に2回~3回開催されているようだったが、メンバーを探したい人は指定された日時に、開催場所に集合。俺の場合は渋谷から程近い「池の上」にある、地域の集会場のような建物だった。そこで渡された用紙に「どんな音楽がやりたい」「募集パート」「自分のパート」「連絡先」など項目別に書いていき、完成した用紙をバインダー式のファイルに納めていく。そうするとそれを後日目にした「バンド活動希望者」が連絡をしてくるといった、極めてアナログなシステムだ。今これをネットでやっても需要があると思うのだが、すでにあったりするのかな。
もちろん自分が用紙を記入したあとには、そこにある膨大な量のメンバーリストを閲覧していく。学校で使用する辞書のような厚さのファイルが、ギタリストだけで4冊~5冊。ボーカリストもそんなもん、ベーシストで2冊~3冊、ドラマーは1冊~2冊だった。
正直「これ全部チェックするとか狂気の沙汰だろ」と思ったが、とにかくやらなくてはならない。とにかく読み、めくり、気になる候補者がいればメモし、を繰り返した。しかしその膨大な量のデータには明らかに古いものもあり、そういう人の情報はピックアップしていかなかった。どのくらいの時間が経ったかわからないが、数時間はそこでメンバーになるかもしれない人間の情報を漁っていただろう。ギター候補だけで50人弱、ボーカル候補で20人前後、ドラマー10人弱の情報を書き写し、グッタリしながらその集会場をあとにした。
翌日からテレアポのバイトか!ってくらいに受話器を握りしめて電話をかけ続けた。当時は携帯電話も一般層には普及しておらず、持っているのは50人~100人に1人?みたいな感覚。持っていると「え!!あいつ携帯電話持ってる。なんかカッコイイ……」となる時代だった。ゆえに先方の家の電話にかけるので、ひとり暮らしの人はなかなか捕まらないし、実家にかけるとその親御さんが出て、伝言を頼む場合も説明が面倒だった。
「竹村と申します。えーとバンドのメンバー探しのサークルで◯◯さんを知りまして」
「はぁ??あんた何?」
みたいなやり取りが頻繁に繰り返された。
テレアポが難航しながらも、電話面接(会ってないけど)をパスしたメンバーとスタジオに入ってみることにした(妙に偉そう)。それまでにもメン募で知り合った人とスタジオに入って、あらかじめ決めておいた課題曲をプレイしてみたことはあった。その人はLAG WAGONが好きだというので会ったのだが、スタジオに入って愕然。単なるメタル好きのお兄さんだった。
いや、別にメタルが悪いというわけじゃない。ただ、俺がやりたいバンドのイメージとはあまりにかけ離れたギターの音、そしてその長髪ありきのルックスだった。しかも何を思ったか、その人とセッションするだけなのに予約した時間は1時間。会った瞬間に「この人は違う」と全力で思った人と演奏し続ける1時間。特に喋ることもないし、休憩時間を取るべきかもわからない。もう苦痛以外の何物でもなかった。
そんな経験からセッションの方式を改めた。まずスタジオは3時間〜4時間ほど予約。人数が多いこともあるが「1人15分」と決め、グルグルとプレイヤーを替えていった。ドラマーは数が少ないので同じ人に1時間~2時間叩き続けてもらい、ギターやボーカルは入れ替えながらセッションしていった。
今もそのスタジオがあるのかはわからないが、高円寺の商店街内にある「STUDIO DOM」。ここに1日10数人のバンドマンに来てもらい、2日間かけてメンバー探しのセッションをしたのだ。
なかには当然のように変わり者もいた。