「夏フェスで受けた人種差別〜SNAIL RAMPの作り方・26」タケムラ アキラ『炎上くらいしてみたい』
1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのフロントマンであり、キックボクシングで日本チャンピオンにまで上り詰めたタケムラ アキラが書きたいことを超ダラダラ綴っていく新連載!
夏も終わりに向かっていく。今年も日本全国で「夏フェス」と呼ばれる野外音楽イベントが行われ、そこに参加したみんなは楽しい時間を過ごしたと思う。SNAIL RAMPも1998年を皮切りにどこかしらの夏フェスからオファーをもらってライブをし、毎夏そのイベントを楽しんできた。夏フェスってのは観ても出ても楽しい、最高の発明品のひとつだ。そんな場で1度だけ驚く体験をした。今回はそれを書きたいと思う。
その夏フェスは海外・国内のバンドが入り混じり、観客動員数もデカい、何より世界的なビッグネームも出演する一大イベント。デカい夏フェスってのはバックステージも充実していて、食事をしにフードスペースに行けばホテルレベルのビュッフェが展開され、喉を潤したいと思えば、あらゆる飲みものがある。1杯やりたいと思えば生ビールはもちろん、バーテンダーにカクテルだって作ってもらえたりもする。BBQコンロやそれ用の食材も用意してあるので、そこらでBBQだってできる。ローカルの夏フェスだと、流し素麺をやってたりもしてたな。これらはすべて無料で提供され、出演者にとって楽しみのひとつだったりもする。
その日も会場入りした俺らに主催イベンターが場内の説明をする。
「食事スペースは2箇所です。1階がスタッフ用、メンバーは2階になります」
ん?と思った。なんでメンバーとスタッフで食べる場所が違うんだ? まあスペースの問題もあるのかなとそのときは大して気にも留めず、小腹が空いていた俺は楽器の準備もせずにまず食事スペースへと向かった。
2階の「メンバー用食事エリア」となっている部屋の前には警備員が立ち、そこに入る人間をチェックしていた。俺が入るときに一瞬「あれ?」という表情を見せたので「メンバーです」とパスを見せながら俺はエリアに入っていった。そこには毛足の長いふっかふかのカーペットが敷かれ、めちゃくちゃ美味しそうな色とりどりの料理が並び、今でも覚えているのだが「これぞ南国フルーツ!」と言わんばかりの、テレビで見たことはあるけど名前と食べ方がわからない果物がやたらと並んでいた。
食事エリアには海外バンドのメンバーと思しき人間が数人いて、こちらをチラチラ見ているのに気づいたが「超美味しそうじゃん!!」とテンションの上がっていた俺に、そんなことはどうでもよかった。「どれ食べよっかなー。ライブ前だから、食べ過ぎると差し支えるしな。でもこれもあれも食べたい……」とご馳走を前にJKばりに悩む俺。そこに警備員がうしろから声を掛けてきた。
「すみません。日本人の方ですか?」
「あ、メンバーです」とパスを見せようとする俺に「日本人は1階でお願いします」とかぶせ気味に告げる警備員。
「メンバーは2階だと案内されたんですが」
「すみません。食事は1階でお願いします」
「日本人は1階で」という物言いに著しい違和感を覚えたが、彼に文句を言っても仕方ないので言われたとおり1階に下りてみた。1階の食事スペースは雑然としたエリアにあり、2階の食事スペースとはメニューの内容も雲泥の差だった。小学校の給食をよそってもらうようにみんなが1列に並び、おかず、副菜、お米を順番に受け取る、まるで配給を受けるようなシステムだった。「なんでメンバーとスタッフで差をつけるんだよ」と正直不快感を覚えた。
そして主催の担当者を呼んでもらい、メンバーは2階で食事をと案内されたが「日本人は1階で」と警備員に告げられたことを話した。担当者からの答えは驚く内容だった。
「すみません。その……海外バンドのメンバーに“日本人とは食事エリアを別にしてくれ”と言われまして……」
ほんの1瞬だけその意味がよくわからなかったが、瞬間的に身体中が熱くなるのがハッキリとわかった。怒鳴り出しそうになるのを必死にこらえ、努めて冷静に「それは日本人に対する人種差別ってことですか?」と訊いた。担当者は黙りこくってしまったが、それが何よりの答えだった。
「そんなのおかしいだろ! 今すぐそれをやめさせてください。このイベントが人種差別を許すのであれば、そんな場所にはいたくもない。俺はライブをやらないで今すぐ帰るから。もしメンバーが残ると言っても俺は帰るから」
俺は激しい怒りと、とてつもなく哀しい気持ちでいっぱいになっていた。何かの拍子に涙があふれてもおかしくないほど、怒りと哀しみに渦巻かれていた。
「差別」という言葉は当然に理解していたし、それに関する文献も読んでいた。人並みに「差別」をわかっているつもりになっていた。しかし日本人として日本に生まれ育った俺には「差別」を受けるという実体験がなかった。「差別を受ける」ことで人がどれだけ傷つくか、本当はまったくわかっていなかった。
あらゆるスタッフのみなさんに対し、俺がここまで強硬な態度を見せたのは後にも先にもこのときだけだったと思う。それくらいショッキングなことだったし、主催側に抗議する俺をマネージャーも止めはしなかった。その後、2階の食事スペースは日本人にも開放され、SNAIL RAMPはきちんとライブを行った。しかしこの日の記憶として残っているのは、上記のことばかりだ。これは残念なことだし、そのフェスに来てくれた人たちに対して本当に申し訳なく思う。
どこかの国の人に、特定の感情を抱いてしまう人がいるのはわかっている。しかし国籍で十把一絡げに判断するのは早計だし、心の内で思っているのとそれを発露させてしまう、そこには雲泥の差がある。
「生まれた所や皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう」
この手の問題が生じるたび、THE BLUE HEARTSの『青空』の1節が思い起こされる。自由や平等を欲するはずのROCKやPUNKがプレイされる音楽フェスにおいて起きた、この人種差別。世界中のどんな人にもこんな気持ちになってほしくない。せめて現在の日本の夏フェスでは根絶されていることを切に願う。