「機内のトイレ事情」タケムラ アキラ(SNAIL RAMP)『炎上くらいしてみたい』
座っているのは3人並びのエリア。一番窓際に選手である笹谷君、真ん中に俺、通路側に一般客の30代男性(恐らく香港人)。最初俺は寝ていたのだが数十分で起きてしまい、喉の渇きが気になり始めた。そこへタイミングよく飲みものの機内サービスが始まり、俺はアップルジュースを注文して一気に飲んでしまった。その様子が視界に入っていたのか、他列のサービスを始めていたCAが「まだ飲む?」みたいなアイコンタクトを送ってくれた。当然にもう1杯受け取り、今度は数口ずつ飲み始めた。
喉の渇きが癒えると、なんだか漠然とした尿意が機上の俺を包み始めた。自宅であれば何の躊躇いもなくトイレに向かうだろうが、ここは機内。しかも通路側に座る30代男性に1度立ってもらわないと、通路に出ることはできない。
どうしようかなと一瞬迷ったが、ここはひとまず様子をみようと考えた。漠然とした感情で動くほど、俺はもう若くない。一時の感情で動き、犯した失敗もあったじゃないか。俺はもうあの頃の青二才ではない。
静かに俺は目を閉じた。Close my eyes.ロマンチックなフレーズだが、その本人は尿意にあふれている。
目を閉じたのにはわけがある。あわよくば寝てしまって尿意を忘れ、そのまま空港到着を待つ作戦だ。しかし目を閉じた故に瞼の裏に広がる「パツンパツンになっていく膀胱」のイメージ。
これはよくないと、俺は目を開けた。もう素直にトイレに行こう。となると隣に座る30代男性に声をかけて彼に一度席を立ってもらい、俺を通してもらわねばならない。
申し訳ない気はするが、致し方ないことではある。声をかけようかなと思ったとき、彼は足元のバックパックからノートパソコンを取り出し、急に一心不乱に何かを打ち始めた。
万事休す。
なぜだ! なぜ君は今パソコンを打たないといけないのだ! さっきまでダラダラ過ごしていたではないか。機内放映のチャンネルを必要以上にサーフィンした挙句、結局何を観るでもなくスイッチを切り、前席の人がリクライニングを急に戻したため、シート背面に取り付けられたカップホルダーに収まっていたカップから水がこぼれ、「Oh,my god!」みたいな仕草をしてたじゃないか。
そんな君がこのタイミングでPC仕事だと?
おまけにそんな集中したタイピングを見せつけられたら、余計に「ちょっと通して」なんて言えないじゃないか! 香港で民主主義のためにデモをする若者たちを好意的な目で応援している俺ですら、今や君のことを中国公安のような目つきで視界に入れているぞ。
しかも彼のPCは機内USBで電源を確保、そのほかにも1本〜2本ケーブルがどこかに繋がっており、それらを一度外さないと俺が通れないトラップになっていた。四面楚歌の俺。しかしまだ望みはあった。
羽田ー香港のフライトは約4時間で、この機が飛び立って早2時間。そろそろ彼もどこかのタイミングでトイレに行くはずだ。そこに俺も合わせれば、誰に迷惑をかけることもない。ここから俺は強く念じ始めた。彼のその膀胱になみなみと蓄積されるおしっこをイメージした。
数分後、俺は機内のトイレで安堵のため息をついていた。
イメージの力は本当にすごい。彼の尿意が増すのを強くイメージしたことにより、むしろ己の尿意が急激に増加。それにより隣の彼に向かって「Excuse me?」と話しかけざるを得なくなり、俺は今こうして無事にトイレにいる。
とは言え、ALL オッケーでもない。
読んだ人は気づいたと思うが、今回のコラムにはとにかく中身がない。それは書いた本人が自信をもって保証するのだが、そもそも尿意を紛らわせるために書き始めたコラムなので所詮そんなものだろう。
さて、今回のコラムももう終わる。次は、読み終わった皆さんがトイレに行く番だ。