「スネイルで聞きたい話ってある?~SNAIL RAMPの作り方・56」~タケムラ アキラ『炎上くらいしてみたい』
1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのフロントマンであり、キックボクシングで日本チャンピオンにまで上り詰めたタケムラ アキラが書きたいことを超ダラダラ綴っていく新連載!
数回にわたって書いたHEY×3初出演時の話、「スネイル、ダウンタウンに会いに行く」。これを書き終わって「次は何のエピソードを書こうかな」となったが、何を書くのがいいのかどうも思いつかない。
このコラムでは「SNAIL RAMPの作り方」と題して、俺がやっていた?やっている?バンド、現在はほぼ活動休止中であるSNAIL RAMPの結成から現在に向かって、時系列に沿って書いてきている。ただ、これまでもときどき書いたかもしれないが、記憶力の悪い俺は忘れちゃってることが多すぎて何を書いていいかわからなくなってしまったり、美味しいエピソードやハプニングをかなり端折ってしまっている自信がある。
この対策として俺が勝手に考えているのは、通称”俺のHDD”石丸寿幸(SNAIL RAMPの元ドラム。やつの記憶力は侮れない)とこれまでのSNAIL RAMPの歩みについて話して、「あのときこんなことがあった」「あんなことがあったじゃないですか」と指摘してもらい、そのトピックをコラムにしていく形。で、その話している現場は動画で撮影しておき、YouTube とかで公開してもいい。そうでもしないと俺の記憶力だけではSNAIL RAMPのエピソードが枯渇、「持続不可能なエピソード数」によりこのコラムもあと数回で最終回となりかねない。
なんてことをボンヤリと考えていたらですよ。不意に『耳マン』編集部から1通のLINEが!
なんと読者の方がコラム内容についてリクエストをくれたんだよ!
これを読んで「あー、確かにそんなことあった!」と思ったし、あのときの怒りはかなりのものでありつつも、その怒りの対象者たちに手を挙げるわけにもいかず(当たり前)、ベースを全力で叩きつけることで彼らへの抗議の姿勢を露わにするしかなかった、というかそんな幼稚な方法しかその瞬間ではとれなかったんだなぁ。
って今からその話を書いてしまいそうになってるな、俺。これは2006年~2009年あたりの出来事だったような気がするけど、もう曖昧すぎてさっぱりわからない。この方がこのメールを送ってくれなかったら、俺は絶対にこの件を忘れっぱなしでコラムに書くことはなかったろうし、こういう案件ってマジでいっぱいあるはずなんだよ。
そ・こ・で・だ!
俺としてはみんなの記憶力と好奇心に頼りたい! 「あんなことあったよね」や「あれについて書いてほしい」「自分のSNAIL RAMPの思い出としては」みたいな、ほんっと何でもいいので俺を助けると思って片っ端から「info@33man.jp」までメール、もしくは竹村のTwitterアカウント「@TAKEMURAAKIRA」までDMやリプライをもらえないだろうか?
さっきは「俺を助けると思って」と書いたが、ハッキリ言うわ。
助けて。マジ助けて。ほぼ人命救助。
みんな、そして石丸をはじめとするSNAIL RAMP関係者からの情報待っています!!
(情報がない場合、コラム更新頻度がさらに落ちます・涙)