ANZEN漫才・あらぽんの『アダチニスト〜足立区ストーリーズ〜』第9回:足立区のドラ○もん(前半)
足立区で生まれ育ったあらぽん(ANZEN漫才)が足立区のリアルをつづっていく新連載!
通学路にあった工場のおじさんの話
僕が住んでいる足立区は工場がとても多い。いろんな工場が小学校の通学路にあって、「ガシャーン、ガシャーン」というプレス音的な音が日常的に聞こえてきた。
小学生当時、通学路で必ず通る工場があった。鉄くずの回収とそれを潰す作業(?)をやっている工場で、外壁も屋根もトタンで入り口はシャッターしかなく、20畳くらいの広さだった。ガレージみたいな感じだ。
そこで働いていたのは40歳くらいの小太りのおじさんで(今の太ったマラドーナに似てる)、いつも油だらけの紺色の作業着を着て、白が茶色になったであろうタオルを首に巻いていた。
おじさんは目が悪いのか人を見るときに目付きが鋭くなるので、怖いイメージがあった。ひとりで帰るときには、工場の前を通ると少し緊張していたのを覚えている。
ある日、おじさんの工場の鉄くずが入れられている巨大な鉄かごの編み目に、鉄くず工場にはまったく似合わないカラフルなカレンダーみたいなものがかけられていた。
だいぶ離れたところからでも確認できるくらいに目立っていたので、みんなあれがなんなのか興味があった。もちろん学校でもその話になったが、すぐに答えが出た。鉄かごにかかっていたのはカレンダーではなく、昔駄菓子屋によくあったくじ引きみたいなやつだった。1番から100番くらいまで数字があって、スーパーボールとか鈴が当たるあのくじだ。その“時計版くじ”だった。当時は時計のくじ引きなんてかなり珍しかった。
なぜ時計のくじだとわかったかというと、あるとき同級生がおじさんに声をかけられて「好きな時計もっていきな」と時計をもらったからだ。それを聞いた僕たちは時計が気になり、学校の帰り道におじさんの工場に行ってみた。すると、おじさんがなにも言わずとも「時計ほしいんだろ?」と声をかけてきた。
「ほしいです」と言うと「もう2個しか残ってないけど好きなの持っていきな」と言ってくれた。たぶん在庫処分的なことで、前を通る小学生には時計をあげてたんだと思う。僕は黄色と青の時計をもらった。時計はくじ引きクオリティで、秒針が中で外れていて安っちかったが、子どもだったのでそれなりにテンションがあがった。
おじさんと話している途中、時計をもらったであろう子どものお母さんがきた。すごく若いお母さんなのに「時計もらったって言うんですけどいいんですか?」とおじさんに尋ねる礼儀正しい系のお母さんだった。そのお母さんがきた瞬間、油臭い工場内が一気にいい香りになった。おじさんには失礼だが、そのお母さんとおじさんが並ぶと子どもながらに別世界の生きものだと感じた。
おじさんはだいぶあたふたしながら「こんなの俺が持っててもしょうがねぇ」と言っていた。いま思えば、おじさんは女性と話すのに慣れてなかったんだろうなと思う。おじさんが時計をくれてからはおじさんのイメージががらりと変わり、すごく話すようになった。それからおじさんと僕たちの付き合いが始まった。
おじさんは僕たちが公園で遊んでいるとボロボロの自転車で現れて、「今日はこれが出てきたからこれあげるよ」と言い、いまでは珍しい鉄製の車のおもちゃや壊れたミニラジオなどいろんなものをくれた。いつも「これが出てきた」的なことを言ってものをくれるおじさんは、いつしか僕らのなかでなんでも出せる人というイメージになり、「ドラ○もん」と呼ぶようになった。
おじさんは夕方になると近くにある個人経営のスーパーで惣菜と瓶のお酒を買って、公園で遊んでいる僕たちに「チャイムが鳴ったら帰れよ」と声をかけてくれて帰っていく。そんな関係が1年くらい経ったとき、おじさんの工場が閉まっていることにふと気がついた。いつから閉まっていたのかはまったくわからなかった。時代の流れなのか、工場は倒産して潰れてしまったらしい。
なぜいつも通っていたのに潰れたことに気がつかなかったのかというと、工場が潰れていたにも関わらず、おじさんはいつもの紺色の作業着姿、そして首にタオルを巻いて僕らの近くに変わらずにいたからだ。
少しずつおじさんの様子が変わり始めたのはちょうどそれに気がついてからだった。工場がなくなってからおじさんは毎日公園にいた。学校が終わり、公園に遊びに行くとベンチに瓶のお酒が乱雑に置かれていた。もしかしたらおじさんは昼くらいからいたのかもしれない。
僕たちに話しかけてくるおじさんは、昔とは違って酒臭く、言葉も乱暴になっていて、いつもイライラしていた。そして事件が起きた。
ここでようやくみやぞん登場だ。小5でみやぞんと初めて同じクラスになり、遊ぶ頻度が増えていた。そのときは噴水のある公園で遊んでいたら、おじさんが「ねずみ捕まえてきてやろうか?」と僕たちに声をかけてきた。僕たちが即答で「見たい!」と言うと、おじさんは自転車でどこかに行き、すぐ戻ってきた。
おじさんの手にはぐたっとした死んでいる野ネズミが。そしてみやぞんが言う。
「なんで死んでるネズミなの?」
子どもながらにそこじゃねーよと思ったが、すぐにおじさんが怒りだした。(次回へ続く)