粋な計らいも隠された“日本の美”を感じる作品/『旅 古都十景』(オムニバス) 平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第17回:粋な計らいも隠された“日本の美”を感じる作品/『旅 古都十景』(オムニバス)
今回ご紹介するのはこちら。
オムニバス作品『旅 古都十景』(2010年)
(※編注:今回はあえて横文字を使わずに書いています)
露苦系を主軸に紹介してきたこの連載でちょいと浮いたものをおひとつ。こちらは『雪景色』や『都』『寺院』といった古き良き日本の原風景ともいえる十の景色をさまざまな音楽家が表現している複合的音源。こういった音楽は総じて商業的成功とは縁遠い傾向にあるが、実はこういう音楽こそもっと多くの日本人が聴くべきだと思う。
静かな春の雨、ししおどしの間、厳かな寺、都の川のせせらぎ。現代の日本人が忘れかけている“日本の情緒”がここにある。なかでも菅井えりさんによる『伊呂波歌』の旋律のなんと美しいことか。この曲を聴かせたとき、その旋律から『かごめかごめ』を連想して怖いなどと言うべら棒も過去にはいたが、この曲こそ日本人の心の奥底に眠る郷愁感や原風景を呼び起こさせる温もりと優しさに満ちあふれた文化財的な名曲なのである。(菅井さんは残念ながら二千十六年十二月に癌により亡くなられた)
しかしほかの収録曲もすべて楽曲としての素晴らしさのみならず、音楽を通して自然と映像が頭に浮かび本当に旅をしているような気分にさせてくれる曲ばかりなので、今一度日本人が自国の文化の素晴らしさを再認識するのにこれ以上の音源はないのではないかと思う。
表紙もまさに、といった感じである。どこか懐かしく見ていて心が落ち着く景色ではないか。これぞ日本ならではの美。灰色の街・東京ではほとんど見られなくなってしまったこういう景色をずっと大切に残していくべきだと思う(これを書いてるのは老人ではありません)。さらにこの表紙、驚くことに実はある仕掛けが施されているのだ。そう、なんとどこかにひょっこりはんが隠れているのである! ……というのは冗談である。(御調子者!)
本当に隠されている仕掛けとは目に見えないもの、そう、香りである。この音源の蓋を開けた瞬間、ふわりと広がる懐かしい香り。日本人なら誰であろうと嫌いな人はいないはずのこの香りの正体はそう、おばあちゃんちの香りである。思い出してほしい。あのあばあちゃんちの独特の香りを。まさにそれなのだ。この香りを味わいながら音楽を聴くとより一層深く入り込めるというものだ。しかもそれだけではない。この音源、さらに特典でお香が三本もついているのである。なんという粋な計らい。なんというお買い得な商品。
視覚と聴覚を楽しませてくれるものをこれまで紹介してきたが、ここへきてまさか嗅覚までも楽しませてくれるとは。いや、これもひとえに製作者の日本人らしい気遣いの心あればこそ。ありがたい。結構なお手前である。欧米で生まれた露苦や覇怒露苦も素晴らしいが、純邦楽にもみんな耳を傾けようではないか。