これは暗黒期のアルバムなどではまったくないのだ!〜ブラック・サバス『クロス・パーパシス』〜平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第35回:これは暗黒期のアルバムなどではまったくないのだ!
今回ご紹介するのはこちら。
ブラック・サバス『クロス・パーパシス』(1994年)
この連載では2回目の登場となるブラック・サバス。ヘヴィメタルというジャンルの礎を築いた偉大なる大御所である。そしてそのブラック・サバスのボーカルといえば一般的なロックファンのイメージでは闇の帝王オジー・オズボーンの印象があまりにも強いと思う。しかし実はブラック・サバスというバンド自体その長いキャリアのなかでメンバーの入れ替わりが相当に激しく、ボーカリストのみをとってもオジー以外にイアン・ギランやロニー・ジェイムズ・ディオといった超大物クラスのボーカリストが在籍していた、ミュージシャンの福袋のようなバンドなのである。
そしてブラック・サバスを福袋とするなら、歴代ボーカリストのなかでも間違いなく「ハズレ」の位置づけをされてしまっているのがこの『クロス・パーパシス』でボーカルを務めているトニー・マーティンである。福袋で言う妙に濁った色のハンチング帽のポジションだ。
この時期ブラック・サバスはとにかく迷走していた。そう、とにかく迷走していたのである。何しろ1分ごと(感覚)くらいに入れ替わるメンバーに、グランジの台頭によって衰退していくメタル業界のなかで音楽的にも試行錯誤が続き、とにかくゴタゴタ。GOTTAGOTTA。このあたりの時期に誰がいつバンドに入って誰がいつ脱退してなどという事情は相当深いファンでもなければきっと把握していないと思う。はっきり言って僕もよくわからん。歴代メンバーでもオジーとかトニーとかロニーとかボビーとか似たような響きの名前が多いのもまたややこしい(これでアルバムがソニーから出てたら拍手だったのに)。
つまりそんな暗黒期ともいえる時期に無名のシンガーで起死回生を狙うのは無謀と言うもの。事実『クロス・パーパシス』は商業的にも不振、サバスの完全な失敗作というイメージがついたアルバムとなってしまった。
しかしタイミングなどの問題で売れないまでは理解できるが、僕に言わせるとこのアルバムはそのクオリティのみで見れば間違いなく名盤である。いや、それどころではない。超名盤である。まずトニー・マーティンは実力面でまったくハズレボーカリストなどではない。むしろ超一流レベルのボーカリストだと言っていい。技術的にも上手いし声域も広い。ややかすれ気味の声質も魅力的で、ロニー・ジェイムズ・ディオの声を好むリスナーであれば確実に受け入れられるボーカリストだと思う。彼は濁った色のハンチング帽などではまったくない。バスタオルや洗剤のポジションだ。そんなトニーの働きもあって『クロス・パーパシス』は間違いなく良質な正統派ヘヴィメタルの名盤といえる。トニー・アイオミのギターも全編にわたって素晴らしいプレイが聴ける。
そしてこのジャケットである。暗闇に青白く浮かび上がる天使。燃え上がる羽。美しく知性を感じるジャケットである。これと似たようなコンセプトのジャケットをメタルの世界でちょくちょく見かける気はするが、大抵は画面がやかましく、大仰にしすぎてバカっぽくなってしまっているものが多いように思えるので、このジャケットのような“静けさの美学”をもっと見習ってほしいと思う。ヘヴィメタルは知的な面をも持ち合わせる音楽であり、それをこの上なく上手く、上品に表現したジャケットのひとつだと思う。
『クロス・パーパシス』はブラック・サバスの暗黒期のアルバム、というイメージにとらわれず、改めて純粋に1枚のアルバムとして聴いてほしい。
暗黒のバンドの暗黒期はつまり黄金期かもよ。