これほどまでに完璧な8分を音楽界で僕は知らない〜テン『ザ・ネーム・オブ・ザ・ローズ』〜平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第45回:これほどまでに完璧な8分を音楽界で僕は知らない
今回ご紹介するのはこちら。
テン『ザ・ネーム・オブ・ザ・ローズ』(1996年)
1990年代はハードロック/ヘヴィメタルにとって不遇の時代だった。ニルヴァーナの登場によるグランジブームでハードロックは古い音楽として扱われるようになってしまったからだ。おかげで1980年代にはいくつもの世界的なビッグバンドがハードロックシーンに登場していたのに、1990年代に入ってそういったハードロック/ヘヴィメタルのバンドはめっきり登場しなくなった。しかしこれだけ巨大な文化を築いたジャンルが完全に消滅するはずはもちろんなく、世界的なヒットまではつながらずとも水面下ではいいバンドが多数存在し、本来ならば歴史に残すべきレベルの名盤も数え切れないほどに存在している。
今回紹介する英国ハードロックバンド、テンもまさに1990年代が生んだ素晴らしいバンドのひとつであり、さらにこの『ザ・ネーム・オブ・ザ・ローズ』は1990年代、いやハードロック/ヘヴィメタルの歴史上最高の名盤のひとつに数えてもいいくらいの傑作である。
まず特筆すべきはメロディの美しさ。いかにもイギリスのバンドらしい湿り気のあるサウンドに乗せた哀愁のメロディは確実に日本人好みであり、またハードロックボーカリストとしては逆に珍しい低音域の魅力を前面に押し出したゲイリー・ヒューズの歌声も、哀愁のメロディをより引き立たせている。
素晴らしいメロディが全編にわたって味わえるが、このアルバムを至高の名盤として印象づけているのはタイトル曲『ザ・ネーム・オブ・ザ・ローズ』の存在によるところが大きい。約8分に及ぶ大作だが、これほどまでに完璧な8分を音楽界で僕は知らない。批判を恐れずに言うなら『天国への階段』よりもすごい曲だと思う。ハードロックならではのスピード感と鋭いリフ、美しいメロディ、名作落語のような見事な構成。1枚の名盤で味わえる魅力がすべてこの1曲に込められているといっても過言ではない。これほどの曲が1990年代という時代のなかに埋もれているのはあまりにももったいない。発掘してルーブル美術館にでも展示するべきである。
ジャケットも見事に音楽の世界観を表現している。中央にアルバムを象徴するモチーフであるバラを配置し、エジプト神話を題材にしている曲もあるため古代エジプト美術にインスピレーションを受けた装飾性の高い柄。平面的だが音楽性に見合った深い世界観と格調の高さを感じさせてくれる。
1990年代という砂漠のなかに埋もれた名もなきバラの宝石。しかしその輝きはツタンカーメンの黄金のマスクのように色あせていない。人類は今こそこのお宝を発掘するべきである。
こっちのファラオの肌色のマスクは色あせてカッサカサですけどね。でも発掘してくれ。