心ある芸術はどんな流行条件も超越する〜村下孝蔵『同窓會』〜平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載

連載・コラム

[2021/10/20 12:00]

音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。


第167回:心ある芸術はどんな流行条件も超越する


今回ご紹介するのはこちら。

村下孝蔵『同窓會』(1999年)

<あの海外セレブの背後に偶然ロバートが写り込む奇跡>

村下孝蔵さんというシンガーの存在はけっこう前から気にはなっていた。もちろん彼のセールス面においての全盛期である1980年代中盤は僕にとっては上の世代なので通ってこなかったのは当然なのだが、ちょくちょく邦楽界における圧倒的な歌唱力の持ち主としてその名を耳にする機会があったため、いずれは聴いてみようと思っていたのだ(まあそんな人ばっかりだけど)。

そんなときに何となくCDショップを荒らしていたらたまたまこの『同窓會』を発見し、有名曲『初恋』も収録されているしジャケットも素敵なので、この連載でも取り上げられそうだと思い購入に至ったというわけだ。

確かに彼のセールス面における全盛期は1980年代中盤、それこそ『初恋』がヒットした時期である。1980年代後半以降はなかなか苦戦続きだったようで、事実、僕が音楽に興味を持ち始めた1990年代中盤以降も彼の名を知る機会はしばらくなかった。そして1999年、急病により亡くなってしまう。

彼の楽曲が売れなくなっていった理由として「メロディラインの古さ」があるらしい。確かに1980年代にはすでにブームを過ぎていた昭和のフォーク的なメロディの組み立て方だし、もっと言うならその精神は民謡にも近いものを感じる。ただ本当にそんなことで世間の目というか耳は興味を失ってしまうものなのか。村下さんの生前最後に制作され過去のさまざまなアルバムに収録されていた曲も多い、ある種ベストアルバム的な性質をもつこの『同窓會』を聴いて、いかに世間的な評価と本質に差があるものかを思い知らされている。

上述したように彼の音楽はフォーク的な哀愁感のある美しいメロディと、日本情緒あふれる詞の世界観で成り立っている。画家でいうところの洋画の影響も受けた日本画家、東山魁夷や吉田博あたりの表現に近い。つまり日本人なら誰もが懐かしく感じるようなノスタルジア。それをクセの少ない優しい声に乗せて定評ある歌唱力で聴かせてくれる。

僕が本当に認められるべきだと思っているのは彼のような日本人としてのスピリットを大事にし、絶対に日本人にしか表現できないことをやっている人である。海外文化の影響ばかりが前面に出てしまっている昨今(ここ半世紀くらいか?)、世界中のどこを見渡しても村下さんのような音楽をその精神から真似できる者はいない。

『初恋』はすごい。どんな賛辞の言葉もその素晴らしさを表現しきれないほどの邦楽界最高の名曲のひとつだと思う。しかしそれに匹敵するレベルの曲がこの『同窓會』にはいくつも入っているのがまたすごい。日本の原風景をまさに清流のような美しいメロディラインで聴かせてくれる『この国に生まれてよかった』、これはまさに民謡のように後世に歌い継がれるべき名曲だ。そして『同窓会』。村下さんの最後のシングル曲でありいわゆる卒業ソング的な性質をもつこの曲は、知名度さえあれば全国民にとってのアンセムとなる可能性をも秘めた曲だと思う。

ジャケットはイラストレーター・村上保さんによる切り紙絵。村下さんのレコードジャケットの多くを手がけており、本作のようにシンプルながら懐かしさを感じる情緒あふれる作品が多い。村下さんの音楽にこの上なくマッチしており、このジャケットを見てなんだか胸を締め付けられるようなノスタルジックな気持ちに襲われたなら、ぜひとも音楽も聴いてみてほしい。

古臭いと言われれば確かに古臭い。小石田純一に似ていると言われれば確かに似ている。しかし心ある芸術というものはどんな薄っぺらい流行条件も超越するものだと僕は信じたい。

それがこれだ。

平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)

ひらい“ふぁらお”ひかる●1984年3月21日生まれ、神奈川県出身。2008年に新道竜巳とのお笑いコンビ“馬鹿よ貴方は”を結成。数々のテレビ/ラジオ番組に出演するほか、『THEMANZAI2014』『M-1グランプリ2015』の決勝進出で大きな注目を集める。個人では俳優やナレーターとしても活躍。音楽・映画観賞や古代エジプト、恐竜やサンリオなど幅広い趣味を持つ。