レジェンドたちが見せてくれたあの景色が今もまだ残っていた〜クリス・ステイプルトン『Traveller』〜平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第188回:レジェンドたちが見せてくれたあの景色が今もまだ残っていた
今回ご紹介するのはこちら。
クリス・ステイプルトン『Traveller』(2015年)
まるで1970年代のサザンロックのようである。今の時代にこれほど土臭く血の通った音楽を奏でる者がまだいたのか。
クリス・ステイプルトンはアメリカ、ケンタッキー州生まれのカントリーシンガーでありギタリスト。キャリアはまだそう長くなく、2000年以降にいくつかのバンドを渡り歩いたのちソロアーティストに転向。ジャンル的にも今の時代に売れるような音楽ではないので、日本での知名度はまだまだ低い。だがアメリカではセカンドアルバムがグラミー賞の最優秀カントリーアルバム賞を受賞するなど、カントリー界においては相当期待されている若手のようだ。
僕がそもそも彼を知ったのは数年前。タイトルも覚えていない映画(西部劇系?)のエンディングテーマで彼の楽曲が流れてきて、その味わい深い音楽に感動したのがきっかけである。その後CDショップをいくつか渡り歩き、在庫確認などもしてもらったが彼のCDは見つからず、結局はネットで手に入れることになった。まあ日本での知名度の低さを考えれば仕方ない。そして当然日本盤は出ていない(はず)。
そして手に入れた本作『Traveller』。彼のソロ名義としてのデビューアルバムに当たる。
最高である。無機質なデジタルテクノロジーや人工知能が着々と“便利”という魔力に取りつかれた人類を侵略していっている、この鮮やかな2010年代のアルバムとは思えない。目に浮かぶ景色はひたすら荒野、薄汚れた酒場、ウイスキーを飲む男という、古くからのカントリー、サザンロック御用達の縄張りばかりだ。ほらまた草がまとまって転がってる。あれ何でまとまって転がるの?
レーナード・スキナードやCCRといったサザンロックのレジェンドたちが見せてくれたあの景色が、今の時代にまだ残っていたのだ。
それだけではない。さらに素晴らしいのはクリスのボーカルである。ハスキーでソウルフル、まだ43歳とは思えない枯れた味わいのあるその歌唱は、カントリー、サザンロックを歌うために生まれてきたのではないかと思えるほど音楽性とマッチしている。歌唱力そのものも非常に高く、個人的な話だが僕が大好きなハードロックバンド、ゴットハードの初代ボーカリストである故スティーヴ・リーを彷彿とさせるタイプの歌い手だ。おまけにカウボーイハットにフルビアードのヒゲというルックスも貫禄を感じさせていい。
そしてその音楽性はまさにジャケットにも表れている。広い荒野にやや哀愁を感じさせるモノクロの色調とシンプルなタイトルロゴ。四角い画面にきっちりと収まりが良くバランスのいいジャケットだ。紙ジャケ仕様というのがまた粋なところ。ちなみにジャケットを開くとコーラスでも参加している奥さん(たぶん)との車に寄りかかって、ひと休み的なリラックスした雰囲気の写真が載っている。車の屋根には巨大な鹿の角。どこまでもカントリー。
流行という残酷な壁に阻まれ爆発的に売れることはないかもしれない。時代を変えることもないかもしれない。しかし彼は紛れもなく“本物”である。
カウボーイハットにヒゲの偽物が言うんだから間違いはない。