きっと卵焼きにほうれん草を入れたあのおいしいやつだろう〜宮城喜代子『宮城喜代子の藝術 古典編1』〜平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載

連載・コラム

[2022/3/23 12:03]

音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。


第189回:きっと卵焼きにほうれん草を入れたあのおいしいやつだろう

今回ご紹介するのはこちら。

宮城喜代子『宮城喜代子の藝術 古典編1』(1997年)

<あの海外セレブの背後に偶然ロバートが写り込む奇跡>

まず僕は日本の芸術の根底にある精神こそが世界最高のものだと思っている。

派手で大味なものが多い欧米の芸は問答無用で客の心を鷲掴みにするパワーとインパクトがあり、それはとても素晴らしいことだし僕も大好きな欧米文化はたくさんあるが、表面上のインパクトや無駄な装飾をなくし、間や味わい深さにこだわった“引き”の芸を信条とする日本文化こそ本質を捉えた最もレベルの高い芸だと思うのだ。

そんな日本人の引きの性質をこのグローバル社会の中でマイナスに捉える人も多いが、それはむしろ長所である。少なくとも芸術の世界においては。落語にも日本画にも、そして邦楽(いわゆるポピュラーミュージックとしての邦楽ではなく純粋な日本の音楽、つまり「純邦楽」)にも当然その精神が流れており、その素晴らしさを味わうことができればいかに日本人が優れた精神をもつ民族なのかがわかるはずだ。

箏(そう)という楽器は現代人にはあまり聴きなじみのないものかもしれない。しかし琴(こと)といえばしっくりくる人も多いだろう。箏とはつまり琴の類似タレントである。音程を調節するための柱(じ)があるかないかの違いはあるようだが、ほぼ同じようなものと思って差し支えないと思う。

有名な箏曲家といえば宮城道雄さんが代表的なところ。毎年お正月に流れる例の曲『春の海』はこの人の手によるものだ。そして今回紹介する宮城喜代子さんは、宮城道雄さんの弟子に当たり、重要無形文化財保持者、つまり人間国宝に認定されている人である。

もともと宮城道雄さんが好きで、たまたまCDショップの純邦楽コーナーで喜代子さんの名前を発見し、もしや弟子か何かかと思い調べたらまさかの弟子だったということが発覚し買ってみたわけだが、本作を聴いて思ったのは、現時点において僕の感性で理解できる範囲のなかでは人生最高の1枚であるということだ。

少なくともこの1枚においては師である道雄さんを超えているとすら思った。まったく大げさな表現でなく無駄な音が一音たりともないのだ。彼女の奏でるひとつひとつの音すべてが深く優しく体の芯の部分に響き渡る。「完璧」という言葉を自分が今までどれだけ安易に使ってきたかを思い知らされるほどに、間や細かいニュアンスに至るまですべてが完璧だ。

ちなみに本作では、喜代子さんの妹であり同じく道雄さんの弟子でもある宮城数江さんと喜代子さんの弟子らしい矢崎明子さんという方も参加しており、箏、三絃、唄を曲によって振り分け担当している。楽器を持ち替えてもそれぞれが超一流の奏者であり(そもそも箏曲家は同時に三絃も覚えるもののようだ)、本当にどこを切り取っても全く隙がない、まさに芸の究極ともいえるものを見せつけてくれる。明確なリズムのない音楽なので、ところどころで微妙な音のズレがあったりするのだが、それがミスではなくローリング・ストーンズなんかでよく見られる“グルーヴ感”、つまり血の通った人間の生み出すものの温かみとして受け取れるのは、この空間においてまさに絶対的な喜代子ワールドが作り出されているゆえだろう。また、録音時期はCDの発売年よりはるかに古いものだが、非常にクリアな音質で残っており聴きやすいのもありがたいところ。

ジャケットはなんとなく西洋画の影響も受けた大正、昭和以降の近代的な日本画のデザインといった感じ。抽象的すぎてモチーフがなんなのかよくわからないが、きっと卵焼きにほうれん草を入れたあのおいしいやつだろう(海苔も入れてみたんだね)。背景も簡略化されまくっているが、なんとなく日本情緒も感じさせるちょっとシュールでおもしろいデザインである。

さて、突然だが実はこの連載、来週で最終回なのである。そういうこともあって最後に需要もないであろうが思いっきり自分の思想と合致した人生最高の1枚を紹介させていただいた。しかし実際供給過多な現代においても、深く本質を見極められる感性をまず受け手がもたなければ芸術は廃れていく。そういう意味で日本文化は一見地味で退屈に思えるかもしれないが、その本質は最も崇高なものである。それを見失ったとき、日本人は日本人としてのアイデンティティを失い、ただの欧米人の劣化版に成り下がってしまう。だから僕は日本人らしい表現者であることにこだわり続けようと思う。

謙虚でいい。しかし自信という炎を内に秘めよう。宮城喜代子、我らはこんなすごい人と同じ国に生きているのだ。

平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)

ひらい“ふぁらお”ひかる●1984年3月21日生まれ、神奈川県出身。2008年に新道竜巳とのお笑いコンビ“馬鹿よ貴方は”を結成。数々のテレビ/ラジオ番組に出演するほか、『THEMANZAI2014』『M-1グランプリ2015』の決勝進出で大きな注目を集める。個人では俳優やナレーターとしても活躍。音楽・映画観賞や古代エジプト、恐竜やサンリオなど幅広い趣味を持つ。