私にはいよいよバンドしかなくなった(大阪・長居 その5)〜劔樹人【あの街に鳴る音】第5回〜
エレクトロダブバンド・あらかじめ決められた恋人たちのベーシストで漫画家の劔樹人が、これまで住んできた街の思い出と、その頃の心情を綴るノンフィクション連載。リリカルな作風で人気の彼が、エモさたっぷりにお届けします。
第5回:私にはいよいよバンドしかなくなった(大阪・長居 その5)
運命はあのときすでに動き出していた
私の入ったMRというサークルは、音楽に対しては非常にストイックだった。
私も日々コピーバンドに勤しみながら、いずれ仲間たちの度肝を抜くようなカッコいいバンドを結成することを夢見ていた。そんな秘めたる野望はあるものの、自分はルックスもパッとせず、人間的魅力にも乏しいことは自覚していた。パートはベースである。野望を叶えるには、華のあるフロントマンと、最強のパートナーとなるドラマーが必要なのだ。
しかし、思えば、運命はあのときすでに動き出していた。
学内でもやたら目立つ、怖そうなNさんという人。あの人がいないと思って安心してMRに決めたところもあるのに……! しかしこれは逆をいえば、彼にはそれだけ見過ごせない何かがあったということでもある。そして彼には、私の知らなかった偶然の接点があることがわかった。
それは私が遠距離恋愛の恋人を連れて来た、新入生用の手続きの日のことだ。
これをきっかけに、私とNさんとの距離は急接近してゆく。彼はパンク・ハードコアやアバンギャルドな音楽にも詳しく、ボーカリストとしてもパッと目を引く華とオーラがあった。ちなみに、新入生歓迎祭のときはベースを弾いていたが、そっちはやはりろくに弾けないらしい。
最初はかなりおっかなびっくりではあったが、そばで見ていると、Nさんの持つ人間力、そしてカリスマ性に次第に私は魅了されていった。もちろんデタラメな部分も多く、例えば先輩たちは、新入生に対してまったくお金を使わせてはいけないという勢いで奢ってくれるのがMRのしきたりなのだが、
まあしかし、そんな直球でケチなところも田舎から出てきたばかりの私にとっては予測できない魅力のイチ要素だったと思う。結局その後も、お金のあるときでも奢ってくれることのほとんどない人だったが(服はもらったことがある)。
どこかでそう思っている自分がいたが、新入生にとって3回生はかなり遠い存在だ。
自分から一緒に何かやりましょうと誘うことは一切なかった。
私にはいよいよバンドしかなくなった
ちなみに遠距離恋愛をしていた恋人へ、私は毎日手紙を書いていた。それが先輩たちに知られ、私には一瞬だが「文通」と呼ばれていた時期がある。しかし彼女からの手紙は4月に数通来てからパッタリとなくなり、6月の頭に久々に届いた手紙でフられ、私の恋はあえなく終わった。
私にはいよいよバンドしかなくなったのだ。
さて、NさんはMRに所属はしていたが、O川さんと同じく、明らかにサークルの主流的雰囲気に馴染んでいる人ではなかった。夏合宿にも来ず、イベントにも積極的に参加はせず、常に軽音楽部のほうに入り浸っていた。Nさんの音楽的パートナーは軽音楽部のドラマーのT本さんであり、NさんはいずれT本さんとバンド活動をしようとしている様子がうかがえた。
私は、彼らの関係性が羨ましく、自分にもそんな存在が欲しいと思っていた。
私は新入生のなかで一際Nさんに気に入られていたため、たびたびNさんに誘われてサークルの企画でバンドをやった。のちにT本さんとセッションをしたこともあり、それは自分のなかで大きく成長するきっかけとなる経験だったが、まだ自分は彼らのようなレベルではないという距離も感じた。
何度も言うように、MRは体育会系なノリのサークルだった。
飲み会や夏合宿では、ここでは書けないような過剰な新入生いびり、飲酒の強要、ハラスメントなどがひどく、秋を迎える頃には、1回生は先輩たちへの憎悪で一致団結していた。
Sくんは本当にやりかねない目をしていたし、
H本くんはメタルが大好きなのに、2回生になる前にサークルを辞めていった。
私も秋以降は、真剣に悩むようになった。
今にして思うと、先輩たちが本当にひどい人たちだったかというと、まったくそういうわけではない。
みんな、「そういうサークルだから」「これが伝統だから」という理由で、代々引き継がれる役割を演じていた。そしてそれが当たり前になっていく。自分たちもやられたことだからと、下の世代に同じことをする。私はそこに恐れを感じる一方、慣れていく感覚も抱えながら、大学生活1年目を終えることになる。
1999年2月、私は心の師であるO川さんにサシで家に招待され、麻婆茄子を振る舞われる。O川さんは地元に帰って教員になることが決まっていた。ドラマーとしての人生を終えていくのだ。あの強烈なブラストビートも、もう聴けることはない。
これも今にして思うと、引っ越し前の廃品処分だった気もしないでもないが、私には確かになんらかの魂が継承された。ただ、それがなんだったのかはいまだにわからない。