ベーシストとしての葛藤(大阪・長居 その6)〜劔樹人【あの街に鳴る音】第6回〜

連載・コラム

[2023/2/8 12:00]

エレクトロダブバンド・あらかじめ決められた恋人たちのベーシストで漫画家の劔樹人が、これまで住んできた街の思い出と、その頃の心情を綴るノンフィクション連載。リリカルな作風で人気の彼が、エモさたっぷりにお届けします。


第6回:ベーシストとしての葛藤(大阪・長居 その6)


ベーシストとして伸び悩む私

大学の2回生になった私は、ベーシストとしての自分が伸びていないことを感じ、悩んでいた。

1年間MRでよく練習して、みっちりとセッションやコピーバンドをやってきた。しかし、元々経験者であり、サークルに入った時点である程度弾けた私の技術は、最初の頭打ち状態を迎えていた。著しい成長を遂げられないまま、1年を過ごしてしまったのだ。

これは今となっては後悔でもあるのだが、私は技術のあるベーシストを一切目指そうとしなかった。器用に何事もこなせることより、自分らしさを伸ばし、とにかく独特でカッコ良いベーシストになりたいと思っていた。これはNさんからの影響もあったと思う。

MRに技術のあるベーシストはたくさんいたが、そういうプレイヤーに対して彼は否定的だった。ステージに立つミュージシャンは、ルックス含め、観る人を強く惹きつけるようなインパクトがなくてはならない。これはギターウルフのセイジさんも同じことを言っていたので、私も納得した。今となってはしっかりした技術の大切さがわかる。しかし当時はNさんに認めてもらうためにも、ただ上手くなることは自分に必要ないと強く感じていた。

唯一目標になる存在として、Very Apeのヤスさんがいた。彼は私が入学した時点ですでに卒業して福井県に住んでいたので、実際演奏しているのはVery Apeのライブで2回しか観たことがないが、その立ち姿、シャウト、曲が速すぎるのと歪みすぎているので何を弾いているのかまったくよくわからないところ、いい加減なことしか言わないところ、アイドルファンとして気持ち悪いところなど、非の打ちどころのない個性的なベーシストであった。

ただ問題は、そもそも私らしさとは果たしてなんなのか、それをまだ自分の中に見つけることができていなかったことだ。現状の私は、ぼんやりした田舎者でしかない。

素晴らしい音楽センスを持ったドラマーとの出会い

そんな葛藤の中にあった私は、軽音楽部のひとりの男と出会う。

同じ学年の阿佐田亘というドラマーだった。個性的なのか小汚いのかわからない独特のファッションをしていて、いつも音楽練習場(スタジオ)でひとり地道に練習をしている。彼の演奏を聴いた私は、「この人は3サークルの同期の誰にも感じない音楽的センスを持っている」と感じた。この人は近いうち必ずT本さんのような魅力的なドラマーになるだろう。案の定、阿佐田くんも私と同様、サークルのコピーバンドで青春を謳歌したいというタイプではなく、自分のバンドで世の中に打って出たいという野心を持っていた。この人とのリズム隊でバンドをやりたい。私は密かにそう思った。

2回生となり、MRの1回生いびりから解放された私は、Nさん同様、軽音楽部のほうに通うようになる。自分の目標を叶えるべく、阿佐田くんとのセッションを繰り返すようになっていった。

阿佐田くんとの日々は、ベーシストとして伸び悩んでいた私をグッと押し上げてくれた。いつの間にか私は、かつては考えられないくらいにベースを自由に操れるようになっていた。演奏しながら、自分たちのグルーヴにカタルシスを感じるようになったのはこの頃が初めてだった。

しかし、彼とバンドをすることは叶わないこととなる。

阿佐田くんは、立命館大学で結成された“越後屋”というバンドに誘われ、ドラマーとして参加することになるのだ。

きっかけは、私たちの1学年下のYという後輩の兄貴が、立命館大学で越後屋のメンバーだったことだ。「大阪市大に素晴らしいドラマーがいる」という噂は、Yを通じて越後屋のリーダー・藤井さんの耳に入った。京都といえば、古くから独特な雰囲気を持ったバンドを多く輩出してきた街である。ザ・フォーク・クルセダーズに始まる関西フォークから、村八分やローザ・ルクセンブルグなど、数々のロックの伝説が京都から生まれた。

さらに当時は、立命館大学出身のくるりが1997年にデビューし、「京都のバンド」としてのインパクトが全国に轟いていた時期である。藤井さんは、くるりが結成された立命館大学のバンドサークル・ロックコミューンで、まさにくるり直系の後輩だった人だ。その才能は岸田繁(くるりのギター&ボーカル)さんたちからも注目されていた。オリジナル曲のバンドで活動することが目的である阿佐田くんにとって、この誘いは願ってもないチャンスだっただろう。

まさか親友ふたりが一緒のバンドを始めるとは

さらに奇遇なことに、越後屋ではその後まもなくYの兄貴も脱退し、浪人して1年遅れで立命館大学へ入学した私の高校時代の親友・サクライトモイキが加入することになる。

まさか高校と大学の親友ふたりが一緒のバンドを始めるとは。越後屋は藤井(ギター&ボーカル)、桜井(ギター)、阿佐田(ドラム)というスリーピース編成となり、ライブハウスでの活動を本格化させていった。

そんななか、越後屋は大阪のロックバンド・ジャカランタン主催のイベントに出演し、観に行った私はそのカッコ良さに衝撃を受けた。

僕の友人たちはやっぱりすごい奴らだった……。すっかり越後屋のファンになってしまった私であったが、自分だけ置いて行かれたことによる焦りは隠せなかった。

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劔樹人

つるぎみきと●1979年5月7日生まれ、新潟県出身。「あらかじめ決められた恋人たちへ」「和田彩花とオムニバス」のベーシスト。2010年代にはロックバンド・神聖かまってちゃん、撃鉄、アカシックのマネージメントを担当。漫画家やコラムニストとしても活躍しており、2014年に発売された初の著書『あの頃。男子かしまし物語』は松坂桃李主演で2021年に映画化され、話題を呼んだ。