アングラ全開のバンドで、憧れの難波ベアーズへ(大阪・長居 その9)〜劔樹人【あの街に鳴る音】第9回〜

連載・コラム

[2023/6/1 12:00]

エレクトロダブバンド・あらかじめ決められた恋人たちのベーシストで漫画家の劔樹人が、これまで住んできた街の思い出と、その頃の心情を綴るノンフィクション連載。リリカルな作風で人気の彼が、エモさたっぷりにお届けします。


第9回:アングラ全開のバンドで、憧れの難波ベアーズへ


アングラ全開のバンドで、憧れの難波ベアーズへ

新バンドが軌道に乗らなかったNさんは、新たなアイデアを提案してきた。

私のひとつ後輩で、当時まだ1回生だった一平(顔が林家いっ平に似ていたので)は、T本さんや阿佐田くんのように目立つ存在ではなかったが、真面目な性格と堅実なドラムで安心感のある存在だった。才能がぶつかり合う友人たちではなく、私と一平という従順な後輩を従えることで、Nさんはリーダーとして自分のやりたいことを率直に表現できる体制を取ったのである。

これはNさんの性格的に懸命な選択だったのだと思う。

私は当時、ガレージパンクからグループ・サウンズに傾倒していて、ザ・ゴールデン・カップスのルイズルイス加部さんのようなうねりまくるベースを弾きたかった。一平はNさんの指示どおり、速いハードコアドラムを叩く。そこにN さんのノイズまみれのキーボードと絶叫が乗り、Nさんの頭にあったイメージは、やがてスタジオで2曲になった。

キーボードでハードコアパンクをやっているような、スカム/ジャンク的で、大阪のアンダーグラウンドではある意味正統な音だったと思う。あえてギターのメンバーがいなくて、ドラム、ベース、キーボード&ボーカルというミニマルなスタイルも、とにかく人と違うことをしたかった私にはぴったりだった。

私は、これはカッコいいバンドだと素直に思った。

バンドは半年ほどスタジオ練習を繰り返し、さらに2曲を作った。その間一度、実践練習として大学祭の軽音楽部の催しで初めてのライブを行う。

そしていよいよ、ライブハウスにデモテープを送る準備の開始である。こういった事務的な作業はすべて私の仕事であった。2000年といえば、まだCD-Rが普及しておらず、デモテープはカセットテープかMDである。

これをダビングしてライブハウスに提出するのだ。

まず、大阪のアンダーグラウンドの総本山であるライブハウス・難波ベアーズに出演することは必須であった。むしろ私は、ベアーズに出られさえすれば満足とさえ思っていた。ベアーズに出ることが一番カッコいい最終目標、ベアーズのステージが世界の中心なのである。ファンダンゴやベイサイドジェニー、心斎橋クアトロといったライブハウスにもよくライブを観に行っていたはずなのに、ベアーズにしか興味がない。アンダーグラウンドへの極度の偏向で私はどうかしていたのだと思う。

現に私は(多分Nさんも)、自分たちがベアーズに出る資格を得られるのかどうか、無駄に心配していた。ベアーズはまずデモテープ審査、そして公開オーディションを経て通常ブッキングに出られるというルールがあったのだ。今思えば、よほど色の違う音楽でなければ、どんな異物でもベアーズは受け入れてくれる場所だったのだから、そこまで高いハードルを感じる必要はまったくなかったのであるが。

私は一応、ベアーズに受からなかったときを想定して、千日前のクラブウォーターにもデモテープを持って行った。

クラブウォーターを選んだのは、ベアーズに出ているようなバンドがたくさん出演していたからである。ついでにほかの店も考えたが、デモテープに加えてアーティスト写真やスタジオの練習映像も提出せよというライブハウスも結構あって、そういうところはやめた。

今ならその理由もわかるが、私は間違った方向に尖っていた。

結局、心配の必要はまったくなく、ベアーズのデモテープ審査は通過し、公開オーディションに出演することになる。

このとき一緒にオーディションを受けたバンドに、ドーマンセーマンというバンドがいた。
このバンドは、ギターボーカルは現在京都の“狐の嫁入り”というバンドでギター&ボーカルを務めるマドナシさん、ドラムが3ピースバンド・モーモールルギャバンのヤジマ(※モーモールルギャバンではゲイリー・ビッチェ名義/ドラム&ボーカル)だったりしたものだ。

これで毎月ベアーズでライブできるのだ。いよいよ本格的なライブ活動が始まるかと思いきや、Nさんは少しも満足していなかった。

モーニング娘。2期メンバーより性急な新メンバー追加

そんなとき、大学祭実行委員会だった私は、応援団からこんな話を聞いた。

Nさんはこれを見逃さなかった。

“大太鼓”という、ロックバンドでは聞いたことのないパートで、モーニング娘。2期メンバーより性急な新メンバー追加であった。

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劔樹人

つるぎみきと●1979年5月7日生まれ、新潟県出身。「あらかじめ決められた恋人たちへ」「和田彩花とオムニバス」のベーシスト。2010年代にはロックバンド・神聖かまってちゃん、撃鉄、アカシックのマネージメントを担当。漫画家やコラムニストとしても活躍しており、2014年に発売された初の著書『あの頃。男子かしまし物語』は松坂桃李主演で2021年に映画化され、話題を呼んだ。