【ビルの窓拭き・その3】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第38回

連載・コラム

[2017/5/26 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第38回】ビルの窓拭き・その3


 大学へ向かう通学路で淡々と愛犬家殺人事件が行われていた禍々シティ熊谷から、文化の都東京・中野に引っ越したのは1990年。以降、新宿だとか渋谷だとか下北沢だとかで行われる文化的イベントの数々に通い、「東京ってなんでもあって便利で刺激的で本当にいい街だな」と実感していた。出身地である北海道の片田舎では通信販売でしか買えなかった輸入レコードも、電車で5分も行けばすぐにいくらでも買えてしまうし、(金さえあればだが)欲しいものがなんでも手に入る最高タウン東京に、一生住みたいと思っていた。東京が大好きだった。
 だが、その時点では、俺はまだ東京のことを本当にわかっているとは言えなかった。東京の根っこにある、真の姿の力を。

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 中野に住みはじめて4年が経ち、台東区某所の会社でビルの窓拭きのバイトを始めた。事務所がそこにあった関係か、窓拭きの現場は東京の東側半分に集中していた。
 そこではじめて知ったのが、東東京のヤバさだった。そのはじめて降り立つ町の数々、輸入レコード屋もライブハウスもブティックもない故1度も足を踏み入れたことがなかった東東京が、実はとんでもなく猥雑なパワーに満ち溢れていることをじわじわと思い知ったのである。カルチャーショックとは、常に己の生息範囲の外にあり、東京イエローページで竹中直人がタメにタメて言っていたところの「そっちの方がスゲエ~!」を体感することなのだ。

 90年代、東東京はまだまだヤンキータウンだった。渋谷を中心にヤンキーからチーマーに不良の最新スタイルが移り変わっていっても、書店やコンビニではティーンズロード&チャンプロードがメガヒットセールス継続中でドドンと大量入荷。トラディショナルなヤンキーカルチャー&ヤンキースタイルが流行のど真ん中を依然驀進し、ギリシャ彫刻みたいなすごいパーマのヤンパパ&ヤンママが、ミキハウスを着て辰吉丈一郎風に後ろ髪を伸ばした子供を連れてファミレスでカルボナーラを粉チーズいっぱいかけてシバく。だが、それは印象でしかなく、在東京ヤンキーの実物はできれば一生見ないでおきたいと思っていた。UMA以上キタキツネ以下の取り立てて親しくない存在。その程度の認識だった。が、バイトの休憩時間、彼の地を歩けばそこら中にビビッドカラーでまとめた彼らの姿があった。

 東東京一ハーコーな町K区某駅(警官がヤクザから引っ張ったシャブを交番に宅配させて捕まったという漫画みたいな事件があったことでおなじみ)の古本屋で、平日午前の開店時に目からビームが出かねない熱視線でハード立ち読みするオキシドールふりかけ系金髪ヤンキー女性を発見&なんと読書熱心な、と感心。何をそこまで代打教師・秋葉真剣に読んでいるのだろうと思い、彼女の読んでる本の表紙をのぞき込んでみると、えっ、『レディースの作り方』!? 見た目軽く20歳を過ぎている感じの女性が、まだレディースを作ろうと!? それもハウトゥ本を読んで一から!? うむむ、これはどてらい! 成人して数年経ってなお「大人になんかならないぜ!」という強い意思が背中から膨大に発散されていることに衝撃を受け、そしてその社会的にはなんら正当ではない大きな夢に向かっている者がきっと彼女だけでは無さそうな尖った町全体の雰囲気に脱帽し、失禁した。

 東京の西側の中古CD店では100円コーナーの常連になっていたユーロビートのコンピCDも、90年代末になってなお「高価買取!」の札とともに元値近い2,500円で堂々販売中。何故高値をつけているかと言えば「売れるから」で、バリバリに需要があり続けている異空間具合に俺はシビレ、そこから自分も時代遅れのユーロビートに興味を持って聴くようになった。この圧倒的なおっパブハッスルタイム感は他に代え難く、安っぽさと肉体性の同居を悪趣味としてではなく普段使いとしてこよなく愛する生まれつき猥雑な性質に、西東京のフニャチン文化の真逆を感じ一気に虜になった。
 頭脳よりも肉体が優位する町。あの頃は良かった(せいぜい4~5年前)という誰かの願いが念力となって本当に時代を止めてしまった町。得体の知れない黒光りしたパワーが満ち溢れ、東東京という町とそこに生まれ育った東東京ネイティブのことが一気に愛らしく思えてしまっていた。それまで余所者が集いカフェでブランチするおちょぼ口だらけの西東京を「東京」だと思っていたが、それだけではなかった。日本のどこにでもある大多数の田舎と同じように、遅れた流行を気質になるまで愛し続ける東東京にこそ、「東京」ってもんがあるのではないか。そんな気がした。

 たまたま出会った人間が良かっただけだとは思うが、東東京の元ヤンは皆明るくヌケが良かった。窓拭きのバイト先は元ヤンキーと、元どヤンキーと、東東京に生まれ育った関係で軽犯罪くらいはセーフっす! ぐらいのオリジナルな倫理観の若者がかなりの数いた。皆20歳をゆうに超えているせいか、物腰は柔らかく、仕事終わりでやきとん屋に一緒に飲みに行ったりして親交を深めた。
 Aさん(今回、話がヤバイのでイニシャルも適当)はE区出身で俺と同い年。仕事はかなりできるが、車を運転させるとガサツなポンピングブレーキなので一緒の車に乗るとメチャメチャ酔う。中学のときはバイクでウィリーしたまま他校に突っ込んで殴り込みしたりと、東東京っぽいアグレッシブな学生生活をエンジョイしていた模様。見た目は「今生から人間になりました(前世はゴリラ)!」的な肉体エリートな風貌だが、意外とシャイなので女にモテそうな感じはなかった。一度Aさんが音頭を取ってみんなでナンパしに行こう!とバイト先の数名で夜の街に繰り出したが、行ったのが上野だったので繁華街には立ちんぼのババァしかおらず、何事もなくションボリ帰宅(その日の参加者全員、直後に家で激しい自慰)。根はいい人感がバリバリに漂っていて俺は好きだった。

 で、Aさんよりもっと本格的にどヤンキーだったのが俺より多少歳上のBさん。通学時には電車内でいつもマスクをかけていたが、そのマスクにはがっつりシンナーが染み込ませてあり、通学時間の退屈を全自動ラリパッパシステム搭載のマスクを装着することによりしのげてしまうという画期的な発明をした天才だ。Bさんも仕事はものすごく真面目で、朝も誰より早く出勤するほど。早目に家庭をもってしまったため、早目にヤンキーを卒業し精勤に働かねばならなかったということだろう。ちなみに奥さんになった人とは、Bさんが好きになったタイミングで黒魔術をかけることで見事ゴールインに成功した呪術婚。そのためか、奥さんには「私、なんであんたみたいな人と結婚したのか本当にわからない!」と言って壮絶な殴り合いのケンカを毎日していたそうなので、黒魔術を使って相手を落としてもその後いいことないみたいです>魔術による結婚を一瞬考えた諸兄。

 あるとき、いつもは真面目なBさんが現場に一時間ほど遅れてやってきた。急いできたのか多少息が荒くなっているようだ。Bさん、どうしたんですか? 遅刻するなんて珍しいですね、というとBさんはすまねえな、という感じで多少バツが悪そうな顔でこう言った。
 「いや~電車乗ったらよ~、もんのすげえ~エロい女がいてよぉ~。こりゃ誘ってんなと思って、痴漢して(あっさり)」。ええ~ッ!?
 「そしたらすげえ雰囲気出してきてよぉ~、行けそうだったからぁ電車から降ろしてラブホつっこんでヤッちゃった(あっさり)」。えええええ~~~~ッッ!?!?!? いやいやいや! マズいでしょそれ!
 「大丈夫! 向こうもすげえ乗り気でよぉ~、すげえ舌絡ませてきて、腰とかガンガン使ってきてよ~。最後はデカイ声出してイッてたな~」
和姦だからOK!ってことですか……あの、いまいち理解が……。
 「ま、向こうも溜まってたんじゃねえの? てか、遅れちゃってゴメンな~。昼休憩なしでがんばってやるから許してな~」
 そこはやっぱり真面目で……。Bさんの遅刻の理由が、こちらの予想を遥かに超えていて午前中からクラクラした。
 すごい話だったので、これは誰かに聞いてもらおうと、その日同じ現場にいた若手バイトにその話をしたところ、彼らもBさんと同じ東東京の出身だったため、あーハイハイ、という感じで、
 「俺たちが住んでるK区とかE区では痴漢から恋愛が始まるパターンも珍しくないッス!」と元気に返答。東京の東側ってそんなゴッサムシティみたいなところなのかよ!
 「俺の友だちの兄ちゃんがいま付き合ってる女、痴漢きっかけって聞いたッス!」茶飯事かよ! なんだよそれ! すげえところだなお前らの住んでるとこ!
 ……あまりに性に対して奔放というか、自由というかおかしいというか。北海道出身の自分との常識の違いというか、東京の東側に住む東京ネイティブの実態に言いようのない恐ろしさを感じた。俺は将来的に、絶対に東京の東側には住まないでおこう。自分ちの娘が痴漢から始まる恋愛で知り合った男と結婚とか流石に勘弁だ。

 あまりにカルチャーショックだったので、その東東京ネイティブの若手バイトに、「お前らもアレじゃないの? ●●●から始まる恋愛とかしてんじゃないの?」とボケたつもりで言ったところ、何故か彼らはこわばった笑顔のまま、「いや……昔のことッス!(照)」とハニカミだすのだった。おい! そこは否定するところだろ!
ヤンキータウンなりの独自ルールなのか、それとも20年以上前でまだまだ日本の田舎の常識も違っていたのか、いまとなってはわからないが、AさんもBさんも若手の奴らも、何故か俺にはとてもやさしかった。彼らのことは嫌いになれなかったものの、未だに東東京へ行くときにはちょっとだけ緊張している自分がいる。
(Bさんと若手バイトの話が俺に対するドッキリだったらいいなと思う。いや、ドッキリだということにさせて下さい、でないと困る)

1995年のクリスマス・イブ、東京の西側にあった某インドカレー屋の前。ボンボン付きのニット帽+レモン色のラッパズボンというファンシーな出で立ちで。こんな格好で東東京の町を歩けば大人でもカツアゲされます間違いなく

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[掟ポルシェ]