【エロ本の編プロ正社員見習いその2】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第34回

連載・コラム

[2017/3/24 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第34回】エロ本の編プロ正社員見習いその2


 1993年、俺25歳。とっくに成人しているわけだが、中身はバリバリにずっと子供でいたいトイザらスキッズ&圧倒的にナメていた。
 顔に出てしまうのだ、思っていることが素直に。酷いときは「え~?」と声まで無意識のうちに出てしまっている。納得の行かないことを全面的に露わにしてしまう悪い意味での子供っぽい部分(正直いまもこれが治ってないせいで結構しくじっている)が、このエロ本月産25誌の編集プロダクションでもバリバリに発揮された。
 編集実務が何もできない俺に与えられた仕事は、漫画家さんより上がってきたエロ漫画の扉にコピーを付けること。内容を数文字に要約した見出し文を作って扉絵の上辺りに入れ込み、読者にすんなり作品に入ってもらえるようにするわけだが、奇抜な発想一発勝負で作品とかけ離れたものしか作れない俺のコピーは、ことごとく社長にダメ出しを受けた。自分的には自分のコピーは面白いはずであり、やっぱり社長、顔が気持ち悪いだけあってセンスもねえからわかんねえんだろうな、ぐらいに思い、却下されるたび露骨に首を捻るなどしていた。で、ようやく通ったのが、スーパーマン的な男が出てくるエロマンガに「性技の味方」と付けた反吐が出るほど凡庸なもので、(おいおい、笑点じゃねえんだから。上手いこと言ってどうすんのって)とげんなりした。いまにして思えば、件のエロ劇画誌は熟女・人妻系で熟年層の読者を想定したものであり、社長くらいの年齢のオッサンが読むのだから突飛なコピーは不要で当然だ。
 社長はナメた若い奴(俺)に身をもって仕事を教えるべく、採用されやすいコピーの具体例を提示。
 「お前、全然ダメだな~。よし、俺が手本見せてやるよ。【いま、ときは桃色……】、これどうだ?」
 つい、鼻で笑ってしまった。ダサい上に中身がまるでなく、猿が書いたのかと思った。そのバカにした気持ちは無意識のまま直球で顔に出ていたようで、「おい! いま、お前笑っただろ!」と社長を怒らせてしまうことに。「いや、笑ってないです」と言葉で言ってはみたものの、表情は嘲笑をこらえて変な顔になっていたはずで全然説得力がない。なんとか平謝りしてその場は収まったものの、社長からはナメた奴のレッテルを貼られ、俺は俺で(社長の言う通りにやってたらつまんなくなっから、なんか話しかけてきたら適当に聞き流そう)とナメてるどころではない思い切りの良いふてぶてしさで対抗し、自分で自分の居場所をどんどん狭めていったのだった。何を考えていたのだろうか。いや、何も考えていなかったのだろう。

 一方、仕事上の尊敬は先輩編集者に求めようとした。俺と同じ苗字のTさん、それに腹毛さん(苗字は失念したが腹毛がすごかったのは覚えてるのでこう呼ぶ)の男性二人は、ナメた俺にもやさしく編集のイロハを教えてくれた。
 腹毛さんはお腹に鳴門の渦のようにビッシリ毛が生えていて、エロ写真の撮影時抜群の淫猥さをその恰幅良い裸体から発揮&尊敬に値した。投稿された風の写真の下にエロレポートを書いて入れ込むとき、男性器の表現として「KINTAMA☆棒」という言葉を編み出すなど、スケベ表現の開発において天才的であった。女性による告白手記で「殿方のKINTAMA☆棒にむしゃぶりつきました」はねえだろ、と思いながらも興奮のツボの押さえ方に唸った。
 腹毛さんはプロレスファンであり、特にUWFの熱狂的なファンだったため、女子プロレスに狂っていた俺とは共通の話題に事欠かず、時に仕事そっちのけでプロレス話に花を咲かせた。特にUWFのレスラーのことになると目を爛々と輝かせてダーーーッと一方的に語り出し、その紙一重なまでの狂信ぶりはまさに”UWF信者”というものであった。
 ほかの会社は知らんが、告白手記系のエロ記事はそのほとんどが架空のものであり、外部のフリーライターに発注して書いてもらっている。で、腹毛さんのライターとの電話のやり取りなどを横で聞いていると、妙なことが気になった。
 「前田さんの原稿、夕方頃に上がる予定なんだけど」とか、
 「ライターの高田さんと打ち合わせに行ってくるわ」とか、
 「じゃあ鈴木さんは今月5本お願いしていいですか?」とか……。
 あれ? 待てよ……と。ある特定のキーワードだらけなことに気付く。あの……腹毛さん、もしかしてUWFのレスラーと同じ苗字のライターにばかり仕事振ってません? と聞くと、「そうだけど?」と、ですが何か?的な感じで事も無げに肯定。マジかよ!
 「スケジュール帳にさ、『○時、前田さんと待ち合わせ』とか書いてあると、UWFのレスラーと一緒に仕事してるみたいで幸せな気持ちになれるんだよね~」とうっとりした顔で告白。
 「どうせ仕事するなら高田さんや前田さんとしたいじゃん。でも山崎さんとか藤原さんって名前のライター、いまのところいないんだよね~」と、残念そうに言うのであった。狂ってる! と素直に思ったが、UWF信者をこじらせている腹毛さんみたいな人、当時はどこにもそれなりにいたんじゃないかと思う。

 ほかに、担当の決まっていない新人のやる仕事といえば、ポジフィルムの使い残りを適当に選び、エロ本1冊でっち上げる残ポジ処理本みたいなものの制作であった。なかには早すぎた80年代の変態雑誌『BILLY』でその昔見た、押入れの上の段から女性がウンコをひり出し、下の段にいる髭面の男がガッツリ食糞しているやつの残ポジもあって、うおおおおお! BILLYで見たやつじゃんこれ! と、ひとりで盛り上がっていたが、編プロの先輩編集の皆さんはそんなゲテモノスカトロ写真は使い道がわからなかったらしく、残ポジストッカー帳に長々残ったまま。「え!? この編プロもしかしてBILLYも作ってたの!?」と焦ったが、白夜書房が外部に制作出してた話は聞いたことがないので、なぜあのポジがあそこにあったかは謎である。あのポジを発見した時はちょっとアガった。

 その後、ババアのマ●コに黒く修正の墨ベタを塗る日が来る日も来る日も続いた。ババアの性器は大概グニャグニャで深海生物みたいにアブストラクトな曲線を描いていて、端的に気持ちが悪かった。仕事とはいえババアの性器を見なければならないのはかなりの拷問だ。俺はまだ若いのだから、こんなオッパイのある高品格みたいな老女に興奮するわけがなく、念願だった女の裸の写真を目の前にしているのに嬉しさの欠片もなく、顔に死相を浮かべてがんばった。

 編プロ勤務開始から3週間経過、ババアのマ●コ修正1000本ノックが祟ったのか、子供の頃からの持病である尿管結石を発症。1度でも患ったことがある方はわかっていただけると思うが、まぁこれが我慢出来るレベルの痛みではない。老婆の女性器は知らず知らずのうちに重度のストレスとなり、ボディブローのように疾病の元凶を蓄積させていたのだ。
 出社するなり社長に、すいません、尿管結石が痛くて病院行きたいんで保険証ください! と懇願。するとどうだろう、「お前にやる保険証はない!」と、肛門に歯が生えたような口で言いやがった。あまつさえ、「お前な、明日からもう会社来なくていいぞ。大体お前はな、俺の仕事を鼻で笑ったりして最悪だったからな、ナメてんじゃないよ。クビだクビ」と解雇を宣告した上、その理由についてしこたま説教してくるではないか。人が尿管に硝酸カルシウムの結晶体が出来て詰まって痛くて死にそうだと青い顔で話しているのに、なんでこのミジンコみたいな潰れペイズリー柄のドブ色シャツオヤジはこの期に及んで人の欠点を並べ立てているのだろう(正解→入社早々社長のセンスの無さを小バカにして笑ったからキレられて当然)。
 嫌な話を聞いていると、いつも視野狭窄が起こる。社長の鼻から口元にかけてだけがクローズアップされる。口が動く。リスのように突き出た前歯の間から唾が飛ぶ。その様子をまるで他人事のように、早く終わんねえかなと退屈に思いながら淡々と見ていた。自宅が火災に遭ったら燃え尽きるまで眺めているしかないように。

 今度こそ編集者として真面目にやっていこうと誓った日から3週間、社長へ不遜の限りを尽くした結果、当然クビになった。前の英知出版は3日で脱走、今度は20日程度で向こうからお前はいらんと言われてしまった。平日昼、解雇された帰り道、水道橋の裏通りを「クソッ! クソッ! クソッ!」と誰に怒るでもなく叫んで回った。問題が俺自身にあるのは明白だったが、不思議と落ち込みはしなかった。

お寺が近くにある中野6丁目にあったアパートは霊道になっているとかで、うちに泊まりに来た友だちが何人もおばあさんの霊に乗っかられたらしい。俺は生きてるエロババアのグロ性器写真の見過ぎで功徳を積みすぎていたせいか、1度もそんな目に遭わなかった。熟女エロ本編集は心霊への耐性すら作る

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

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