【エロ本の編集者 その2】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第31回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第31回】エロ本の編集者 その2
1990年11月。ブル中野が4メートル金網最上段からのダイビングギロチンドロップでアジャ・コングをKOした試合をテレビで観た。性別と決別した100キロ超えの怪物が殺し合う様は、常軌を逸した者だけが醸す神々しい美しさを放ち、多くの観る者の人生を変えた。その日を境に、俺もそのひとりとなった。狂気の一団・全日本女子プロレスのことで頭がいっぱいになり、来る日も来る日も女子プロレスと松永兄弟のことだけ考え、テレビで観てるだけでは満足できなくなり、そのうち狂ったように東京近郊の試合に通い出した。91年以降、まず全女の試合日程を確認してから自分の予定を組むように。チケット代はもちろん魔法の玉手箱ことマルイの真っ赤なカードでドドンとキャッシング。「いまこの目に焼き付けておかなければ意味がないんだ」と思っていたので痛くも痒くもなかった。
1993年9月。マルイのカードは利用限度額パンパン。消費者金融もほかに2社。そちらもパンパン。痛いとか痒いとかいうレベルはとうに超え、女子プロレスの観すぎでガチガチに首が回らなくなっていた。時代は女子プロ対抗戦の真っ只中。毎月金利だけ返してジャンプするサラ金の虜囚状態を脱出する気はなく、「いずれ定職に就いたらこんな数十万程度の借金なんて簡単に返せるっしょ。それより女子プロ対抗戦! 今回のこの興行だけは前の方で観たい! よし、アコムの利用限度額広げて2万円の特別リングサイド買うしか!」と、近未来の帳尻合わせに己の懐を豪快に丸投げした。
そしてやってきた近未来。英知出版『すっぴん』の編集部に採用となり、人生の帳尻合わせを開始することに。エロ本編集者になるのが夢だった男が、エロというにはソフトすぎる、たまにAV女優のヌードが指し挟まる程度のプレアイドル雑誌でいよいよ編集者人生出港街道船出のとき。己の夢を実現しつつ&借金なんかも返せちゃう! まさに俺にとって都合のいい未来が到来、そんな気がしていた。
初めて訪れた新宿区愛住町の編集部は昼光色の蛍光灯の明かりが潰れかけたゲーセン並に薄暗く、バックナンバーと資料の山の上に微生物の死骸が堆積して発酵、すえた臭気が鼻腔を刺す。隣の編集部は入稿直後だったのか午前中は誰もおらず、いても椅子を並べた上に死んだように寝ているex.人間のような物体。想像していたそのままの編集部像で、特に驚きもなかった。ただ、自分も数週間後にはこの椅子寝生活なんだなと思うと急に具合が悪くなった。俺は睡眠時間がキチンと取れないとダメなタイプなのであり、寝ないで仕事など絶対にできるわけがないのだ(開き直り)。
『すっぴん』編集部にいた先輩編集者はふたりだけ。角の取れたあだち充風メガネ+バンダナにMA-1という典型的なろーでぃすとファッションのO木さん、『すっぴん』の編集者らしくいつもノーメイクの女性で、小学生といえばそう見えないこともない程度に童顔のMさん。そして俺を加えてたった3名で一冊の雑誌を作ることになり、つまりそれは俺に3分の1の仕事量が回ってくるであろうことを意味した。言っておくが、俺は編集実務など何ひとつできない(臆面もなく断言)。
「以前編集の仕事をしてました! はい! ひと通りできます!」
と、伝えてあったが、そこには省略された言葉が大いにあり、
「以前編集の仕事をしてました(そこにいる会社の人たちはね! いや、俺は編集実務を覚える前の段階でサックリ辞めましたんで、ハッキリ言うなら)! はい(ズブの素人です! これからちゃんと仕事覚えます! すんませんタハハ~)! ひと通り(のことができそうな雰囲気を醸し出すことは)できます!」
というのが正直なところであった。何か仕事を指示するたびに先輩編集のおふたりは(あれ、コイツもしかして編集やったことないのでは……?)と、嫌な汗をかいたんではないかと思う(ホントすいませんでした! 実際いまでも何もできません!)。
女子高生グラビアが主体の雑誌のため、学校が休みの日曜日はロケ撮影。あまり大きくない事務所からデビューした直後のアイドルの原石を毎月数名制服&水着撮影する『美少女学園』なる名物企画ページがあり、ロケに付いて行くことになった。編集部に入って3日目のことだった。
ライトバンに6人の女子高生&O木さんと一緒に雑用係として同乗し、東京郊外の某ロケ地へ向かう。確か大学かなんかの構内だったように思う。言うまでもなくゲリラ撮影であり、警備員に何か言われたときは「映画研究会です!」と言ってごまかすのが基本だ(ゲリラ撮影に「映画研究会です!」は魔法の言葉である。ロマンポルシェ。のMVロケ撮影でも何度も多用し、度々難を逃れた。おそらく現代では逮捕なので要注意)。
ドライバーと女子高生調達コーディネーターの役割を兼ねた小男のノリの良いトークが車内に響き渡る。流行のファッションや食べ物の話題など、彼の明るくて多少軽薄なトークが女子高生たちに面白いようにクリティカルヒット。いいカットが撮れるようにとの配慮なのだろう。現場に到着する頃にはすっかり打ち解け、キャアキャア小うるさいまでにはしゃいでいる。朝早くてあまり寝ていないが、グラビアアイドル女子高生の人いきれが充満した車内、当然気分は悪くなかった。
俺の仕事は雑用全般。それに、女子高生たちが気持ちよく撮影できるよう、彼女たちとどうでもいい会話をして場を和ませること。しかも、給料が発生しているのだ。こんなに甘酸っぱい仕事がこの世にあって良いのだろうか? こんな仕事なら毎日でもやっていたい。誰だってそう思うだろう。さらには未来のグラビアスターが生まれる息吹を感じて、朝から前途洋々な気分であった。とても満ち足りた気持ちに、この時間がいつまでも続けばいい、そう思っていた。
その日の夜、『すっぴん』編集部を脱走。たった3日で編集者生活の第一歩が終了することになるとは、朝の時点では自分にもわかっていなかった。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。