【就職採用PR会社の正社員】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第26回

連載・コラム

[2016/11/25 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第26回】就職採用PR会社の正社員


 入社前、気持ち的にはいとうせいこう、のつもりであった。講談社の雑誌編集者でありながらヒップホップアーティストでもありタレント業もなんなくこなせるいとうさんのようなスーパーサラリーマンになれると、やってもないのに完全に己の能力を信じきっていた。過信にもほどがある上、俺はその頃バンドもやっていなければ一切の表現活動を表立ってしていない。もうここまで行くと軽い誇大妄想狂である。

 確かに20歳の頃、一時的にバンドをやっていたことがある。ボアダムスとUFO OR DIEに影響を受けたというか、そのふたつのバンドの曲のフレーズを恥ずかしいまでにモロパクリし再構成するという、山塚アイへの憧れだけで成立しているどうしようもないものであった。そのバンドすら自然消滅していたし、なにをもって“編集者兼◯◯”としたかったのか謎としか言えない。「まずはスーパー編集者として成功して、それから適当に世に打って出るか」ぐらいの無根拠青写真を描き放題ビシビシに描いていたのだろう。あの当時、俺の頭を割ったら脳みそではなく炊きたてのほかほかごはんとかが入ってたんじゃないかと思う。そんくらいバカだった。

 だが、入社早々、俺が編集部入りを希望していた『i-D JAPAN』は不気味なくらい売れず&広告が取れず、創刊初年度から軽い赤字を叩き出し、20人いた編集部員が5人にザックリ人員削減&新入社員が入る隙ゼロとなったと、まことしやか兼絶望的な情報が入ってきた。UPUにはほかにもお洒落おっさん向け男性誌『esquire』編集部があったが、そんないけ好かないノーチンポ雑誌(当然『i-D JAPAN』にもチンポなど掲載されてないですあくまでテイスト的な話です)では、俺のこのくだらないことだけを考えるのに特化した才能は活かされない。そんな雑誌作ったら絶対知恵熱出る。

 そして入社数日後、俺は自分が大きな勘違いをしていたことに気付く。UPUは就職採用PR用のパンフレットを企業に代わって制作するのが本来の業務であり、雑誌出版部門は全社員のうちのわずか数パーセントが所属するサブ的なアレにすぎなかった。2ヶ月の試用期間が終わり6月から編集として本採用になったとしても、雑誌ではなくそっちのカタい企業研究→企画書を作り提案→競合他社を交えてのプレゼン合戦→就職採用パンフレット編集の一連のフローをやることになるだろうということであった。取引先は優秀な新卒社員を欲するあらゆる業界に及び、例えば証券会社のパンフを作るにあたっては、当然証券取引の知識も多少は必要になってくる。そんなちゃんとしたことが俺にできるとでも思っているのだろうか。間違いなく知恵熱出る。

 はっは~、これはエライことになりましたなぁ、と他人事のように軽く絶望しながら、入社から数日間の新人社員研修に。

 まず与えられた課題は、「自由に一冊の本を作る」というもの。とは言っても、新入社員同士でペアになってインタビューしあい、それをまとめたものをコピー誌にする程度。編集センスがあるかどうか等、新入社員の適性をみる目的であろう。俺は関西で“乳首見せんなへそ噛んで死ね”という伝説の女子高生バンドをやっていた安保さんとコンビになり、話を聞きまとめた。内容については残念ながらまっっったく覚えていない(安保さんが大学時代、学園祭実行委員会ともめて殴り込んだ話とか結構かっこいい話だったように思うが自信はない)。ただ、装丁だけは凝ろうということで、UPU社長の横澤さんの写真を使ったパラパラマンガをページ左下にあしらい(社長の履いてるパンツが風で飛んでチンポが丸出しになり、パンツが風に舞い最終的に頭に装着という愚弄一歩手前の酷いもの)、製本した後にセロテープでぐるぐる巻きにし、「読ませない作りにすれば、人は中に何が書いてあるか気になり意地でも読みたくなる」というアート作品を作り、新人社員研修の課題を余計な部分でがんばり、ひとり悦に入った。「これはすごかヤツが出てきたとばい」と思われることを目指したのだろうが、実際のところ安保さんから聞いた面白い話をうまくまとめることができず、肝心のインタビューの内容がかなり薄味にざっくりまとめてしまったとの思いが多大で、なんとか装丁でごまかした形だ。「真面目な内容のインタビューとか俺には向いてねえな」と早々自分に諦めた。適性のないものに関しての諦めは人一倍早い。

 研修期間が終わり営業部に仮配属になった後も、二十歳から伸ばし始めたロングヘアーは維持。一般企業入社に際し反社会の象徴・長髪は邪魔になるという一般社会の暗黙のルールを全力で無視し、頑として切らなかった。「ヘアスタイルで人格を規定するなど明確な差別行為」と、一見正当な意見っぽいことを考えていたんだろうが、束ねた長髪+黒いYシャツ+ライトグレーのスーツ+サンローランの蝶柄の派手なネクタイ+凶器のように先端が尖ったエナメルシューズのヤクカジ(=ヤクザカジュアル)ファッションでの営業回りは、会社の看板を背負っての自殺行為みたいなもの。取引先に俺を一緒に営業に連れてったが最後、人事担当者がみるみる三白眼になることが予想されたため、せめてピアスを外しYシャツぐらいは白にチェンジすることに。髪を切ってこいという一部先輩社員からの命令は、「お前俺の先輩かもしんねえけど俺営業仮配属だしだからお前の言うこと聞かなきゃなんねえの意味わかんねえし」ぐらいに思っていたので、心のなかで鼻で笑って聞き流した。

 仮配属時の直属の上司は、取引先と酒を飲みに行って仲良くなって仕事を取ってくるタイプの好人物で、なぜかとてもよくしてもらった。A藤さんが課長の営業部は風通しもよく、気持ちの良い人ばかり集まっていたので、居心地は良かった。キリンビバレッジに何度か営業に連れて行ってもらった以外は、そこでどんな仕事をしていたのか、何を話していたのか記憶がバッサリ抜け落ちている。多分俺のことだから、「仮の居場所で学ぶことなど何もないし記憶する必要もない」ぐらいの不遜な心づもりだったに違いない。本当にクソだった。

 「勝負は『i-D JAPAN』の編集に本配属になってからだ」。なぜかそう思っていた。売れてなくて編集部人員大幅削減情報を耳にしているというのに、必死で現実から目を背け、都合良く編集部入りしてる未来だけをポワ~ンと思い描いていた。そして、「雑誌編集部ならどんな格好で勤務してても基本内勤だし大丈夫」と勝手に決めつけ、編集者なら長髪当たり前っしょ? ぐらいのことを本気で思っていた。雑誌編集を自由の象徴かなんかだとでも思っていたのだろうか。バカとしか言えない。

正社員時代の写真があまりなかったので、大学の卒業式で撮ったポラロイド。みんな社会に出るのに準備万端な感じなのに、一人だけVシネマのエキストラみたいなファッション。ナメている

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[耳マン編集部]