【「さらば! 正社員」】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第27回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第27回】「さらば! 正社員」
「6月1日付で、編集二課(就職採用PRパンフレットの編集をする部署)への配属を命ずる。聞いてると思うが、君が希望してた部署の『i-D JAPAN』編集部は売上が芳しくないことから今春人員を大幅に削減していてね、いまは新人を入れている余裕がない。就職採用パンフレットの作成を通じて編集のイロハを何年か学んでから、雑誌の編集行っても遅くはないんじゃないの? 勉強のつもりでがんばってみて」
終わった、と思った。吉田達也を白髪にした感じの元文学青年風ルックスの人事課長の口から直々に、決定的な死刑宣告が発令されてしまった。それまで「『i-D~』もなんぼ儲かってねえ、人減らしたばかりだっつったって、俺ひとりぐらいならまだ入れる余裕あるっしょ?」と、根拠ゼロのまま自分に都合良く考えていた俺はなんだったのか。いや、単にバカだったんだろうとは思うが。
俺はこの会社に入りたかったわけではない。『i-D~』編集部に入って、俺のくだらない思いつきのすべてが具現化出来ることを求めていただけだった。その望みも泡と消えた。いや、最初から無理だったのに気づかないふりをしてやり過ごそうとしていただけだ。
なんだろう、この恋愛が終わった後のような、何もかもどうでもよくなった感は。あまりにガックリきたので、それまで頑として死守していた長髪をあっさり切ることにした。5月31日、美容室を何軒ものぞき、巨乳の女性美容師がいる店をようやく発見&安心して飛び込んでこう言った。
「すいません、坊主にしてください。」
翌日、正社員として本配属された編集二課へ出社。長髪から一転五厘刈りになっていた俺を見て、そこにいた先輩社員の誰もが(髪の長さが極端でどっちみち取引先の会社に連れてけねーよ丁度いい長さにしてこいよていうかなんなんだよお前バカ死ねよバカ)ぐらいの死んだ目&怒りを超越した無表情に。そのリアクションを見て俺は「してやったり!」と思っていた。中庸&凡庸な普通ヘアスタイルは社会への隷属を意味すると考えるあまり、長髪でないなら坊主しかねえな! と極端な選択肢を採用。おまけにヒゲまで伸ばして、アントン・ラヴェイに傾倒していた頃のボイド・ライスみたいなイヤ気な見た目に急成長。長髪の頃はパッと見、六本木のディスコの黒服にしか見えなかったが、坊主+ヒゲではヤクザか悪魔主義者のどっちかにしか見えず、余計にタチが悪くなっていた。会社に所属し正社員として雇用されのうのうと給料までもらっている分際で、「俺は飼い慣らされん!」という意思表示として坊主にしてくるとか、自分のことながら本当に酷すぎると思う。殴っていいと思う。
『i-D~』編集部に入れなかったことで完全に不貞腐れていた。恐らく顔も四六時中仏頂面だっただろう。あのときあの会社でなんの仕事をしていたか、ほとんど思い出せない(実際なんの仕事もしていなかったので思い出せなくて当然)。
唯一やった記憶があるのが、他の企業に先駆けて社員2人に一台の割合で導入されていたMacintosh SE/30の使い方を覚えるようにと言われていじっていたこと。とはいってもキッドピクス(こども向けお絵かきソフト)で終日暴走族のレディースのイラストとかティーンズロードを参照しながら描いてただけで、会社として役に立ちそうなことはほぼやっていない。完全に無駄飯食いだった。本当にこんな奴殴ってもいいと思う。
なんとか仕事を覚えようとしてみたものの、興味が一切持てない取引先企業の就職採用パンフ作成のために異業種の勉強をしたりしていると、面白いぐらい猛烈に眠くなってしまう。これは未だに俺の悪い癖として残っているが、やりたくないことをやるともう一人の俯瞰の自分が(眠くないか?眠いよな?すごい眠いな、いま?そりゃ興味ないことやってるんだから眠いだろ?な?)とマイナスの自己暗示で脳に司令を下し、その結果ある種の自己催眠のような状態に陥り、眠気を我慢することに終始してまったく仕事にならない、というのがある。これを俺は「事務コレプシー(事務作業+ナルコレプシー)」と名付けている。手足を動かすことが基本できない会議の席はもちろん、映画を見に行ったときなどにも俯瞰の自分から緊急指令が来てしまい事務コレプシー発症して寝そうになったり、場合によっては人前はばからずガン寝したり、寝ないように強く舌を噛んでいたり、会議終了後口内が結構血まみれになっていたりしていて、なんというか、恥ずかしい。
それでも一部の上司や先輩は、俺の社会人としてありえない酷い振る舞い(坊主+ヒゲ+仕事出来ない)を、個性として寛大に捉えて可愛がってくれた。扱いづらいが、育てようによっては面白いことをやるかもしれないと長い目で見てくれたのだ。本当にありがたいことだ。
本配属から1ヶ月ほど経ち、同じ課の温かい人に囲まれ、和気藹々とした理想的な職場環境にも恵まれて、少しずつではあるが就職採用パンフ編集の業務フローを覚えようとしていた。そんな中、俺は気持ちを固めた。
「よし、この会社辞めよう。」
俺はわかったのだ。自分のダメさ加減が。くだらないことをやるために生まれ、チンポ丸出しな表現に特化した才能しかない俺に、真面目な企業研究はあまりにも向いていないのだと。
それに、俺は焦っていた。雑誌編集、なんのアカデミズムも感じさせないオーメこくさいマラ本の編集は特に「小僧の仕事」だと捉えていたから、急いで辞めて次に行かねばとの思いを強くしていたところもある。出版社で経験を積み編集実務キャリアを持っている者より、どうでもいい雑用をガンガン押し付けても心の痛まない歳の若い者であることの方が、エロを基調としたポンチ雑誌の編集には望まれるものだと思っていた。1992年7月の段階で既に24歳になり、小僧と呼べるギリラインの俺には時間がなかった。
思い立ったが吉日と、人事課長のデスクに行って「すいませーん、辞めます」と居酒屋のおあいそ並にライトに宣言。すると、当然のことながら「ファッ!?」という答えが返ってきた。これは直訳すると(何言ってんのお前!?)である。会社にしてみれば、試用期間の間給料払って勉強させてやって、雇用保険までかけてやって、3ヶ月やそこらで「やっぱ辞めたいんスけど~」と言われても、素直にハイそうですかというわけにはいかない。何度か話し合いの場を持ったが、その度考え直せと慰留させられる。これはなんか特別な理由がないとダメかなと思い、精一杯考えてこう告げた。
「エロ漫画家になるので会社辞めます!」
人事課長の顔が(あ、こいつ何言ってもダメだな)という諦めの笑みに変わったのがわかった。
1992年7月31日、たった4ヶ月で俺の人生で唯一の正社員生活が終わった。結局会社について、社会についてほぼ1ミリも学ばないままに。その後、エロ漫画を描く道具を一式揃えたが、1ページも描くことはなかった。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。