【エロ本の編集者 その3】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第32回

連載・コラム

[2017/2/24 16:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第32回】エロ本の編集者 その3


 「真面目になろう」、と思っていた。いい機会だった。
 本当にやりたかった仕事である雑誌編集者になったのだから、これまでのやる気ゼロな3K仕事(キツイ&キタナイ&クソな人間性の底辺オヤジが職場仲間)とは違い、心を入れ替えて全力で働こう、そう思っていた。仕事というものをナメくさり、ニヤケ顔でチンタラ働いていたこれまでの自分にさようなら。俺は生まれ変わるのだ。

 エロ本と言うにはソフトな内容の英知出版『すっぴん』編集部にバイトとして潜り込んで3日目。その日は日曜だったが、朝から女子高生グラビアページの『美少女学園』の撮影のため、先輩編集者と、運転手兼女子高生手配師みたいな怪しいが明るい男と一緒に、都内某大学構内にゲリラ撮影に来ていた。
 撮影では時折レフ板を持ったり、小僧の仕事を言われたとおりこなすだけ。俺のような指示待ち人間としては最高のラクラク職場環境である。あとは、休憩中に女子高生と雑談し和ませるのも仕事のうちだ。その日手配師が無作為に集めた玉石混淆の女子高生6名のなかで、誰が見ても一番カワイイ子から神妙な顔で悩み相談を受けた。
 「ねえ、聞いて聞いて……私、サッカー部の彼氏がいるんだけど、これ以上露出度の高いグラビアやったら別れるって言われちゃったんだ……でも、仕事はがんばっていきたいし、私……どうしたらいいかなあ?」
 清楚を湛えた凛々しい眉+八重歯がのぞく口元、アイドルと呼ぶに相応しい長い睫毛の眼差しで見つめられ、正直ドキッとする。激カワ女子高生の悩みに適当に答えて給料がもらえる……うおおおお、こんな仕事があっていいのかよ畜生!?
 彼女が着ているのは至って普通の水着で、一時のお菓子系雑誌とかでよく見たポリンキーと同サイズのドちっちゃい水着とかではなく、たいした露出ではないものの、高校生の彼氏にしてみれば自分の彼女が全国の男どもから全力でおかずにされているのは耐えられないことだろう。芸能仕事での成功がいずれ二人に別離をもたらすであろうことは想像に難くなかったが、カワイイ女の子の相談に現実的なアドバイスをして嫌われたくないので、「君はルックスもいいし、多分この後すごく人気が出ると思う。正直言って辞めるのはもったいないから、彼氏にもなんとかうまいこと言って納得してもらうしかないね」と、答えになってない答えを割と真剣な顔で伝えた。
 「わかった。うん、そうだよね。きっとなんとかなるよね。」と、彼女は自分に言い聞かせるように答えたのだった。なんか良いことした感がハンパなかった。俺が犬なら嬉ションを漏らしてるところである。
 休憩後、撮影は無事続行。飛び抜けて可愛かった彼女の撮影時間はほかの子より多いように見えた。カメラマンが撮りたい何か、天性の色気のようなものを持ち合わせているのが小僧の俺にもわかった。いままさにアイドルの原石が磨き上げられる瞬間に立ち会って、ようやく編集者としてのキャリアが始まった気がした。

 夕刻日が落ち、撮影を終えても女子高生たちはまだまだ元気で、どうでもいいことで盛り上がっている。帰りの車のなかでもキャッキャと嬌声を上げ、疲れを知らず若さの特権を謳歌していた。彼女たちと10個も歳が離れていないとはいえ、終日の撮影に心地良い疲労を覚えながら、俺はその騒がしい様子を落日でも眺めるようにボーッと見ていた。すると、どこからともなく重みのある怖いトーンで、
 「……うるせえ」
 という声が。ドライバー兼手配師の小男だった。朝方見せた軽薄な明るさと真逆の苛立った声に男の本心を見て驚き、一気に静まる女子高生たち。さらに追い打ちをかけるように、
 「うるせえ……黙れ」
 と握り潰すような声で二喝目。水を打ったように静まり返る車内。携帯もスマホもない時代、逃げ場はどこにもなく、最寄り駅に着くまで女子高生たちはずっと下を向いているしかなかった。一日の疲れに加え、渋滞で気が立っていたことは理解できる。だが、朝の軽妙なトークで女子高生を盛り上げてこの場の雰囲気を作ったのはお前なんじゃないのかと思うと、途端に嫌な気持ちになってきた。いい表情を撮るために現場を盛り上げるのが仕事の男が、終わったらサッサと掌返して黙れというので、(エロ本業界に長いこといると俺もこんなふうに心が荒んでいくのだろうか?)、と、明るく輝いて見えたこの仕事の向こう側が、途端に汚泥だらけの腐り沼に見えてきた。まぁ、クソみたいな奴のことを気にしていては精神衛生上よろしくない。自分にとって楽しいことだけ考えて、会社までのこの重苦しい時間を乗り切ろう。
 そこで思い出したのは、来週に予定されている女子プロレス対抗戦のビッグマッチのことだった。雑誌編集が寝る間もないほどの超多忙な仕事であることは、ここ数日の社内で椅子を並べた上で死体のように眠る数名の人間(の・ようなもの)を見ていてわかったつもりでいたが、それが命の次に大事な女子プロレスの観戦に支障をもたらすのでは困る。この会社に休みなどあるのか? もし休めなければどうなる!? 女子プロレス対抗戦の一番いい時代から一気に隔絶され、《女子プロ浦島太郎》になってしまうではないか! 特に来週のビッグマッチを見逃したら俺的に末代までの恥! 将来孫から「おじいちゃん、遠藤美月との全日本ジュニアの試合でぬまっちはヘルメット攻撃したの?」と聞かれても答えられないなら死んだほうがマシだ(そんな地方の前座マッチを気にする子供は当時も未来も絶対存在しないと思うが一応自分の気持ちの問題として)! 途端に心臓がドキドキしてきた……。

 会社に戻った俺は、いてもたってもいられず先輩編集者のO木さんに、それとなく聞いてみることにした。あの……この編集部、すごい忙しいですよね? 家にも全然帰る暇なさそうですけど……O木さんって、最近いつ家に帰りました?
 「うーん、この間家に帰ったのは7ヶ月前?」
 な、な、な・な・か・げ・つ・ま・えええええええ!!???
 「いや、そりゃあ、当然着るものなくなると困るし、家に服取りに行ったりとかはするよ。それが2ヶ月前かな? アパートは一応借りてるけどさぁ、あんまり意味ないよね(やさしい微笑)」
 目の前が真っ暗になった。気を失っていたかもしれない。耳の奥でジンジンと蝉が鳴き出し、瞳孔もバックリ開いていた。変な汗が脇の下から大量に流れ、足元に水たまりができるのを感じた。

 気がつくと、編集部から脱走していた。家に電話がかかってこないように、電話番号が書いてある自分の履歴書を探して持ち帰った。
 女子プロレス対抗戦華やかなりし1993年、俺は人生の再スタートを懸けてやっとのことで入った雑誌編集の仕事を最悪の理由で辞めた。己の人生と女子プロレスの二択を迫られた結果、あっさり女子プロレスのほうを取ったのだ。女と女がなんかギャーギャー言いながら殺し合いするのを観られない人生なんて意味がない。
 編集部に入る直前、出版社の偉い人から「お前なんか1ヶ月で脱走させてやるよ!」と言われたが、結局1ヶ月どころか3日で逃げたのだった。なんの勝負かはわからんが俺の圧勝だ。ちょっとやそっとのダメな奴だと思ってもらっては困る。俺のダメはかなり本当のダメなのだ。自分の将来よりも女子プロレスの現在を取ったことを、そのときはまったく後悔していなかった。

 『すっぴん』編集部から逃げて数年後、俺に悩みを相談していた可愛い女子高生はといえば、なんとAV女優としてデビュー。さらに数年後にはストリッパーに転身。何が何だかわけがわからなかった。彼女にその後何があったのかと考えると、芸能界のドス黒い部分を見てしまった気がして怖かった。その子の出たAVは何故か観る気になれなかった。

証明写真機に上半身裸で入るのは現代だとちょっと違法に思えるかもですが、1993年はこういうのも線路の上を歩くのも気にする人は誰もいませんでした

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[掟ポルシェ]