【エロ本の編集者 その1】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第30回

連載・コラム

[2017/1/27 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第30回】エロ本の編集者 その1


 北海道の郷里の父親(朝5時起床時から大五郎をラッパ飲みする重度のアル中)から電話がかかってきた。それも、珍しく素面で。万年アルコール漬けの親父が酒に酔っていないなどあり得ず、事の重大さを物語っていた。
 「お前、丸井さんって女の人からお金借りてるのか。丸井さんがお金を返してくれないって怒って電話してきたぞ。早く返してやれ」
 父親はデパートのマルイがカードキャッシングをやっていることを知らず、返済が滞って実家にマルイの女性社員が催促の電話をしてきたのを、息子が女から金を借りて返さず居直るクズになってしまったと思い、心配して連絡をよこしたのだった。親に電話という卑劣な行為に対してマルイと取り立ての女性社員に殺意が走ったが、ブチギレて文句を言ってもうお金を貸しませんと言われたら困るため、殺意を便意に代えてマルイの便所で便器の外の床に「ころす」とクソ文字を書くことで乗り切った(あのとき掃除された方、すみませんでした)。
 マルイの借金取り立て電話はほぼ女性社員がかけてくる。その声の地獄の底から響き渡るようなドス暗さは、「ものすごい生理が重そうな女」という感じでそれはそれは恐ろしかった。北海道の父もさぞビビったに違いない。

 ペンキ屋に行って職務上やむなく気化したトルエンで肺を満たし、臨床実験でわけのわからない薬を飲んでは血を抜き、人生のイヤ気な部分逆回転ループ再生ダウナーライフどん詰まり状態で92年はヌジャリと潰れ、年が明けて93年になると余計に具合が悪くなっていた。失職中に手を出したカードキャッシングの数は丸井を含め3つに増えて面白いように独り者世帯の家計を圧迫し、現実が普通に怖い顔で迫りくる。
 自転車操業的に借りた金を返してはまた借り返してはまた借り返してはまた借りで金利だけバカスカ払ってウン十年経過&気がつけば初老~なんてことになったらうわ大変、これは大慌てで自分が何になりたかったかもう一度真剣に自分の胸に訊いてみる必要がある。人間、チン毛が白髪になってからでは始められないことだらけなのだ。

 (以下、自問自答)

 「俺の好きなものは、なんだ」
 「……エロ本です(凛とした表情で)」

 答えは決まっていた。激しくイヤらしい女の裸の写真が載っている雑誌を作るまでは、俺は死ねない。決意とボッキが渾然一体となり、俺は握りこぶしを作って涙を流していた(一部フィストファックのシミュレーション含む)。
 そうだ。俺はエロ本の編集をするために生まれてきた男なのだ。その気持ちに嘘偽りはない。中学生のときからそう固く誓っていたはずなのだが、いろいろあって忘れていた。ペンキ屋を辞めてすぐ仲のいい友達に紹介してもらって入ったペデスタ防音床工事のバイトはすげえ疲れっから、もう辞めよう(就業期間3日)。人生は短い。とはいえ、口を利いてもらった友人には悪いことをした。今度パピコかなんかおごろう。

 コンビニに行くとエロ本と言うにはエロ成分足りなすぎな英知出版のプレアイドル&女子高生グラビア雑誌『すっぴん』最新号を発見。迷わず開くと、読者ページの端に「編集者急募」の文字が! 「要編集作業経験者」とあった気がするが、去年UPUで1ヶ月だけ編集補助やったし、まぁこれは経験者(ニアピン)だと勝手に判断。実のところ編集実務は一切出来ないが、入っちゃえばなんとかなるんじゃん? とさらに勝手に判断。直電入れて即面接を受けることに。問題はない。俺にはその場しのぎのウソを平気な顔でいい切れる特技があるので、こういうのは大体いけるはずである。

 面接は英知出版のある新宿区愛住町付近の喫茶店で行われた。面接というか、正確には「経験者ってことなら、じゃあ即日勤務で」ということになり、業務内容の説明を受けるだけだったように思う。履歴書と一緒に前の会社の面接用に作った雑誌『仏血義理(ブッチギリ 第24回参照)』の企画書と、大学の美術部の会報用に書いたアイドルコラム(「おニャン子クラブと束モノアイドルの魅力」「MY聖☆高岡早紀」「どうするどうなる宍戸留美」)も持参したが、目の前の男はざっと目を通しただけで特に無反応。興味なさそうにテーブルにパッサと投げて、こう言い放った。

 「お前なんか1ヶ月で辞めさせてやるよ!」

 男は英知出版の偉い人で、某女性タレントのヌード写真集を企画作成し何十万部と売った功績を持っていたN井さんという人であった。N井さんが言うには、この編集部はとにかく厳しく、寝る暇もなく、風呂に入る暇もなく、歯を磨く暇もなく、なんというか死ぬほど忙しいそうで、ベースボールキャップを逆かぶりし見るからに小僧感がハンパない当時の俺にはまず務まらず、すぐに逃げ出すだろうというのだ。大上段から振りかぶっての小僧扱いで、大変ナメられているようだった。
 しかし、男はわかっていなかった。バリバリにホメられて伸びるタイプ、かつ過小評価されるとすぐに不貞腐れてあっさり職務放棄する俺の性分を……!

 (俺が1ヶ月も持つちゃんとした人間だと思うなよ……!)

 なぜか、闘志を燃やしていた。ダメな方に向かって全力で。

 とはいえ、いい加減真面目に働かないとまた丸井さんから北海道の実家に生理重ための女の声でか~ね~か~え~せ~と電話が入ってしまう。あの地を這う地獄取り立てボイスは聞いてるだけで耳の肉と脳細胞が壊死するからもう御免だ。本気で性根を入れ替えてやるしかない。厳しい職場でもしばらくの間なんとかガマンして技術を身に着けよう。編集実務のイロハさえ覚えてしまえば、人手の足りないエロ本編集部などいくらでもあるだろうし、超厳しい仕事についてこれる奴だけついてこいそれ以外の奴は豚豚豚死ね死ね死ねと顔に書いてある上司なんかとはすぐにオサラバできるのだ(N井さんホントすみません!)。

 翌日から英知出版『すっぴん』編集部で働くことが決定。勉強のためにと見本誌を数ヶ月分いただいて家に持ち帰ってきた。『すっぴん』はエロ本ではないのであまり興味がなく(失礼)、ちゃんと読むのはこれが初めてだ(失礼)。
 UPU時代に多少出版社側の視点で雑誌を見ることを覚えたが、気になることがいくつかあった。文章ページに記名がないのだ。
 「え……もしかして、編集者がほとんどの原稿を書いてる……?」
 コラムならコラムニストの名前がコーナータイトル的に記載されているはずなのだが、ほぼそれがない。つまり、編集部内ですべての原稿を書いていることを意味している。あまり面白くない雑誌だと思っていた(何度も失礼)がそれなら仕方がない。
 そして編集後記を確認し、目の前がさらに真っ暗になった。1……2……3名!? たった3名で月刊誌の編集と原稿書きとデザインと入稿作業全部やってんの!? そりゃ寝る暇なくてみんな辞めていくはずだよ!
 完全に編集部選びを失敗したと思ったが、後には引けない。明日からの地獄の編集者ライフを想像し気持ちが漬物石並みに重くなった。

 1993年夏。社会人として出直しの一歩を踏み出そうとした俺がそのとき考えていたことと言えば、「来週の全日本女子プロレスのビッグマッチ、どうやって会社抜けて行くかな」というどうしようもないものだった。女子プロレス対抗戦の時代は、最高潮を迎えようとしていた。

写メ&デジカメのない時代は酔うとみんな証明写真マシーンで意味なく撮影。身元から何から特に何も証明していない証明不十分写真。わかるのは若いということだけ

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

[掟ポルシェ]