【ビルの窓拭き・その4】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第39回
本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!
【第39回】ビルの窓拭き・その4
ビルの窓拭きバイトに入って3年も経てば、ビルの形を見ればやり方の工程とおおよその人工(にんく)がわかるようになる。というか、どんなビルを見ても窓拭きやすそうかどうか目線で判断してしまうようになった。
「素直な作りだけど2階から下オーバーハングになってっから、ブランコで4本降りて2階から下はスライダーでやるとしてスライダー押さえ要員入れて3人工午前中」とか、
「丹下健三の建築物、窓拭く人の都合を一切考えてない芸術的な構造! この辺人通りも多いから土曜指定とかにして5人工一日」とか。
実際の指示を出す立場にいるのは社員なので自分ではその辺取り仕切らないが、いつの間にか建造物を窓拭く人の都合(高名な建築家の作った建物=やりづらそう等)で見るようになっていた。職業病のひとつも持てればその仕事も一人前である。
ビルがある程度の高さになると、窓を拭くためのゴンドラが設置されている。20階建て以上の建造物の屋上からゴンドラに乗り込む様子を想像すると足がすくむという方がほとんどだろうが、実際作業する側としては同じ形状の大きな窓ガラスを1日何枚も拭かなければいけない単純労働に辟易する程度である。言わば敵は退屈ということになる(仕事に退屈も糞もあるかバカ、というのはさておき)。1度中に入っているオフィスがお休みの日にゴンドラで窓拭き作業していたら、中で休日出勤したサラリーマンとOLがディープキス真っ最中だったことがあり、見て見ぬふりをしながらゴンドラに乗り込んだ各人心の中で「うわ! 社内でベラ噛んでる!」と大いに盛り上がった。絶対あのあとセックスしてんだろうな! オフィスラブいいな! うおおおわしらもヤリてええ! と思い、羨まボッキでその日1日退屈がしのげた。もとい、羨ましすぎて仕事してるのがバカバカしくなった。就業後壁に頭を散々打ち付けた後、その日の帰り、ピンサロ経由で帰宅。
言うまでもないが、ビルの中には人間模様がある。そして、ビルの内ガラスを拭いているときには否応なしに社員間の会話が聞こえてしまって、無表情にしているのが難しいこともある。
休日にスキーのメーカーの内窓を拭いていたら、色男&強面で知られる某有名人の方が美人デザイナーを打ち合わせと称してガッツンガッツン口説いていて、その場に作業に入った者全員が「すみません俺たち見なかったことにしますんで! いやむしろ俺たち人間ではなく蟻です! 蟻なんで○○さんの言葉理解できませんので、どうぞ安心してコマシちゃってください!」感を一斉に醸し出し、何事もなかったように退館したことがあった。人がいてもまったく気にせずオネーチャンをバリバリに口説き倒すその姿が最高にカッコよくて様になっていた。むしろ俺たちも惚れた。
1996年のある日、某レコード会社のオフィスの内側の窓を拭いていると、ディレクターやプロデューサーらしき社員数名がアツく議論を戦わせていた。「テクノやDJの世界で一定の評価がある、それはいい。でも、もうその次の段階へいく時期だ。オリコンに入らないと。世間的に知られるような、カラオケでみんなが歌えるような、美しいメロディのヒット曲が欲しいんだ」。そのバンド(のようでバンドじゃない)のライブも観たことがあったし、テレビ・ラジオでの活動も含めやってることも好きだったが、「カラオケヒットがやっぱり欲しい」って、レコード会社の人って無茶言うもんだなぁと思って聞いていた。失礼ながら一般受けすることがチーム(のようでチームじゃない)の性質上どうにも考え難く、ファンもそんなことしたら離れていくかもしれない人ばかりだろうにと。メジャーって無理難題言われて大変なものなんだな、と思っていたら、それから半年後くらい、本当にオリコンチャートの上位に入る大ヒットシングルが出たということがあった。あのとき話していたの、現実になっちゃった、と。うっかり時代に立ち会った気分であるが、実質的には時代を盗み聞きした格好です(すみません)。
同じ頃、そのビルの外側の窓をブランコに乗って拭いていると、やはりその某レコード会社の会議室の中で奇抜な服装+お団子頭をクルクルさせて一世を風靡した女の子が、セーラー服姿のままこちらに向かってガンガン手を振って応援してくれていた。ビルにぶら下がって窓ガラスを拭いている様子が珍しかったのだろうが、その手の振り方があまりに全力過ぎてコミカルになっており、テレビで見たまんまの明るくてものすごいいい子なんじゃん!とうれしくなったことを覚えている。今度お会いしたらそのとき軽く感動したことを伝えておこう。
日本を代表する大金持ちの大邸宅の掃除をしていたこともあった。東京都内の超一等地、なんでこんなところにという場所にスーパー豪邸。古墳かっていうぐらい広大な敷地に、貼りもののパネルではない中身までガチの大理石で出来た巨大家屋&ゴルフのワンコース分ほどの庭には人工の滝まで流れていて、笑ってしまうほど豪奢の限りを尽くしてあった。ある日ベランダの清掃をしていた際、排水口の蓋の上に乗ったら、変わった素材でできているであろう一般的でない形をしたその蓋がパックリ割れてしまったことがあった。管理会社の偉い人にすみません、これ踏み抜いて割っちゃったんですけど……と差し出すと、偉い人は困った顔で、「これね、素材がアフリカの砂で出来てて、1個9万円するんだよね」と。きゅ、きゅ、きゅうまんえんんんん!!!??? はいすいこうのふたなのに!!!???? いっこ、きゅうまんえんんんん!!!??? 一瞬で俺の顔が青ざめ、どうやって弁償すればいいか、自腹ならまたアコムの枠広げないとな、いやでも利用限度額この間増額したばっかりで絶対無理だ、かくなる上はエンコ詰めてお詫びするしか……などと目まぐるしく考えていたら、偉い人は続けて「でもね、アフリカに発注しても特別な商品だから納品まで6ヶ月かかるんだよね……手続きとか考えると色々大変だから、うーん……見なかったことにしておく」といって、アロンアルファで割れた部分をはっつけた。え、そんなんでいいの!? と思ったが、材質が砂であったためか綺麗にくっついて元通りに。大金持ちはそんなところまで金かけなくても、というところにまでお金をかけていることを知った。そこは普通にステンレスでいいんじゃないかと思ったが黙っておいた。
高所作業が主だが、意外とこれは死ぬと思うような危険な体験はなかった。ただ1度、かなりヤバいところまで行ったことがある。風の強い日に、ゴンドラ作業で窓ガラスを拭く現場があった。3人いる中でたまたま自分が職長的な立場で入っていたため、風の具合を見ながら危険だと判断した場合は作業を中止にする責務を負っている。かなり風が強いが、屋上にいる段階では風もそこまで吹いていなかったし、ゴンドラも手で押さえながらやればまぁいけるっしょと、作業効率を優先してGOサインを出した。が、それがマズかった。ゴンドラはワイヤーで吊ってあるため、下に行けば行くほど風の影響を受ける。半分から下ぐらいまでゴンドラを降ろした段階で海沿い特有の突風が。慌てて窓の桟を掴むがそれでもバーッ!と飛ばされ、ゴンドラごと壁の端まで行っちゃって、角越えて違う面の景色が見えた。うわ、これ死ぬかも!と思いこれまでの人生が軽い走馬灯で脳裏をよぎる(新聞配達で号外捨ててクビになったり等)が、なんとか体勢を立て直し、風の鎮まるのを待って壁を死ぬ気で掴みながらヒーヒー言って屋上に戻った。ほかの作業員2人に「かんべんしてくださいよ! 死ぬところでしたよ!」とガチで怒られた。自分も死ななくてよかったが、一緒に乗ってたバイト仲間も殺さなくて済んで胸をなでおろした。無理は良くない。
ビルの窓拭きバイトでダントツ1番に怖かった体験は、実はそれではない。民家にある2人乗りの家庭用エレベーターに乗ったときは恐怖で白髪鬼になりそうだった。俺は高所恐怖症ではないが閉所恐怖症であり、故にエレベーターが怖いのだ。狭い場所が極端に苦手なのは、父親が若い頃炭鉱で働いていて軽く落盤事故に遭い、数10秒だけ生き埋めになったことが遺伝子情報に入っているためかもしれない。そしてそのエレベーター、2人乗りとは言っているが、人間ひとりが多少ゆったり入れる程度で、実質的には「ちょっと広い棺桶」程度の大きさである。見ただけで足がすくむそいつに乗り込んだときだけは、怖すぎるからこのまま気絶したいと思った。あれは条例で禁止にした方がいい。怖すぎる。
いまも見知らぬ若いバイトがビルの窓拭きをしている姿を見ると、懐かしく見てしまう自分がいる。以上、記憶に残った現場あれこれ。
【著者紹介】
掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。