【ビルの窓拭き・その5】掟ポルシェ『男の!ヤバすぎバイト列伝』第40回

連載・コラム

[2017/6/23 12:00]

本連載はニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」のボーカル&説教担当、DJ、ライター、ひとり打ち込みデスメタル「ド・ロドロシテル」など多岐な活躍をみせる掟ポルシェが、男気あふれるバイト遍歴を語る連載である。すべての社会人、学生、無職よ、心して読め!!


【第40回】ビルの窓拭き・その5


 ペンキ屋時代のバイト仲間はパンクバンドみたいなのをやってる奴が多く、生活態度が自堕落基調&わしらノーフューチャーで構わんのじゃけえ的若者ばかりでたいそう気が合ったが、ビルの窓拭きには自堕落とはまた方向性が違った変わった人が何人もいて、こっちはこっちで見ているだけで退屈と無縁であった。
 俺には昔から悪い癖があり、人の顔があまり覚えられない。若いのにまっとうなことしか言わない&やらない奴は俺にとってこの世に存在していないのも同じであり、何度会っても記憶することができないから、当然仲良くもなれない。なので、気が付くと「え、お前なに言ってんの!?」というような意外性以上の間違った何かを次々繰り出してくる特異な人物しか身のまわりにいないという嫌げな事態に陥りがちである。刺激のあるパーソナリティしか受け入れられない作りに脳がなっているのだと思い諦めているが、ビルの窓拭きでもやはりそういう人ばかり仲良くなってしまった。

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 俺より5個ぐらい歳上のTさんはプロレス、それもメキシコのルチャリブレのことしか考えていなかった。当時女子プロレスや油かけ地蔵みたいな顔のデスマッチレスラー・中牧昭二のことで頭がいっぱいだった俺との会話の接点が山ほどあった。Tさんは割と明るい性格ですぐに打ち解けたんだが、自分に都合の悪いことを聞かれるとバレバレのウソでごまかす癖があり、そういう杜撰な保身の言葉を聞いているとつい笑ってしまい、嫌いになれないのだった。
 Tさんは180センチ×120~130キロはあるであろう巨漢(実際の体重は恥ずかしくて絶対に教えてくれないので推定。体重を聞くと死んだ目になり「90キロですよ」と抑揚のない声で返答)である。基本小兵なメキシコのルチャドールと並ぶと明らかにTさんのほうがプロレスラーに見える。だが天然パーマ+黒縁メガネ+ショルダーバッグの強さと無縁な風貌は、プロレスラーというより一見して「こちらがプロレスファン」と誰が見てもわかるのだった。
 Tさんはビル清掃バイトでは基本床清掃しかやらない。つまり、この会社に入ったら否応なしにやらされるビルの屋上からブランコに乗っての高所窓ガラス清掃をしたことがほぼないんだが、その言い訳として「ボク、前のビル清掃会社で18階からブランコに乗って作業やらされて、落っこちて15階のネットに引っかかって止まって死にかけたことがあって、それ以来高所恐怖症なので、もうブランコはやらないんです」とピシャリと宣言。ちなみに18階建てなどの高層ビルには法令によりゴンドラ設置が義務付けられており、建造途中のビルだったとしてもそんな高層階をブランコで作業するという事態はまずありえない。まぁ、ハッキリ言えば下手なウソなんだが、その死相全開&あまりに必死な剣幕でのNO!に仕事を指示する社員も苦笑いで諦めて、Tさんだけは高所作業はやらなくていいことになった。高いところが怖い人がなんでこのバイトを選んだんだろうと誰もが思ったが、たしかにTさんぐらいの巨漢になるとブランコのロープが重みで切れそうな気もしてくるから、まぁしょうがない。

 Tさんの口癖は「浅井さんが、」である。浅井さんとは、ユニバーサル・プロレスリングでエースとして活躍したルチャドール(プロレスラー)浅井嘉浩のことであり、当時は既に覆面レスラーのウルティモ・ドラゴンに変身し、邦人ルチャドールのトップスターとして成功を収めていた。俺とTさんが一緒にバイトしていた1995年ぐらいの時期は、彼は日本ではWARを主戦場にしていた。Tさんはとにかくこの浅井さんのことが大好きで、こちらの都合に関係なく「浅井さんが、○○したんですよ!」と話しかけてくる。あまりにも浅井さん情報を一方的に話しかけてくるのでたまにスルーすると「聞いてます? ねぇ、高橋さん(俺の本名)!」と追い打ちをかけてくるので、もう浅井さんの話はいいですよ! あの、俺そこまで浅井さんのファンじゃないですし! と言っても「またまた~、プロレス好きだったら浅井さん好きに決まってるでしょ(笑)。で、浅井さんがね(笑)」と、冗談を言っている体でさらに浅井さんの話を倍のっけてくる。うんざりしている俺の顔色は一切気にしない。流石である。
 Tさんは度を超えて人懐こい性格で、好きなプロレスラーとはプライベートまで親しくしたいタイプの垣根取っ払い型プロレスファンだったので、当の浅井さんにもグイグイ話しかけて知り合い程度ではあったようだ。ウルティモ・ドラゴンになってマスクをかぶっているときに何度も「浅井さん、」と本名で話しかけ、「ウルティモさんって言ってよ、いまはマスクマンなんだから……」と注意されたことがあった。それを俺たちバイト仲間に「聞いて下さいよ! 浅井さんがね、ウルティモって呼べって!(笑)」と嬉しそうに話してくれるのだった。プチデリカシーなし行為ですらTさんにかかれば自慢の種だ。流石である。
 こういったフランクな関係を相手にも望むやり方は、日本人はともかく外国人にはとても有効なようだった。Tさんはルチャが好きすぎてメキシコの公用語であるスペイン語が多少話せる。本場メヒコのルチャドールが来日する後楽園ホール大会に行くと、必ずと言っていいほどTさんがメキシコ人ルチャドールの真横にいて、「シー、シー、シー」とか「ポルケ?」とかわかっているようなわかってないような片言のヒスパニヨールで相槌を打っており、スルスルッと親しくなって軽い所用を頼まれたり、宿泊するホテルに行ったりしていた。ルチャドールが好きすぎて、なついてただで入場させてもらおうとするメキシコの子供みたいだった。流石である。

(画:掟ポルシェ)

 一度TさんにくっついてIWAジャパンの外国人寮に連れて行ってもらったことがある。新宿御苑にあるマンションの一室が長期滞在する外国人レスラーのホテル代わりになっているようだった。当時IWAジャパンの外国人ブッキングはビクター・キニョネスが担当していたようで、それ故プエルトリカンも多く、その日はクリプト・キーパーの中の人が泊まっていた。クリプト・キーパーの中の人はベースボールシャツを普段着にまで着用しており、カリビアン特有の陽気さを全開にし、プライベートは怪奇派の欠片もない好人物だった。浅黒い肌にクリクリした目でこちらを見て、部屋にあったエロ本(おもいっきり使い古した『ザ・ベスト』)を「これは俺からのプレゼントだ!」と言って手渡してきた。使い古しとはいえ、エロ本をくれる奴に悪い奴はいない。(おおおお、あのクリプト・キーパーからエロ本もらったぜ!)と感動していると、クリプト・キーパーは俺の顔をいたずらっぽく指差し、「スケベ~」と日本語で言った。俺の顔が緩んでいたのは使い古しの露出度低めのソフトエロ本をもらったからではなく、クリプト・キーパーからエロ本をもらうというなかなかできない体験をしている喜びからだったが、このことでクリプト・キーパーのことがとても好きになったのは間違いない。こんなことでブチアガるなんて、俺もTさんのことは言えないクソヲタだ。あとでTさんが聞いたら外国人寮のエロ本は山の如くあり、選手が買って使い古したものを置いていったのが代々受け継がれているそうで、その使い古して表紙がカスけた『ザ・ベスト』は、前のシリーズに参戦していたアイスマンの中の人のリッキー・サンタナが買って置いていった由緒正しいエロ本だそうだ。闘魂ではない何かの伝承をたまたま受けて、そのときはTさんに多大に感謝した。

 Tさんとは仕事終わりでよく飲みに行ったりもしていたが、そんな関係にある日突然終わりが来た。Tさんは洗濯機がまともに使えない。2層式洗濯機をずっと水を流しながら使うので、洗剤が入れる先から流れてしまってただの水洗いと変わらないのだ。そのため制服である青いツナギが夏場更衣室で異臭を放つ。最初はやさしくそれとなくわかるように、「洗濯のやり方間違ってますよ」とやんわり教えたんだが、自由人であるが故に人の話をまったく聞く耳持たず、「何言ってるんですか(笑)、間違ってるのは高橋さんのほうですよ! ボクは20歳の頃からずっとこれでやってきてますから」といって聞こうともせず、水をジャージャー垂れ流しっぱなし。仕方がないのでバイトを代表して俺がロッカールームに吊るされた臭いの元凶であるTさんのツナギに「ツナギはちゃんと洗って干しましょう」とテプラで文字を打ち出し貼っておいた。するとTさんはそれを見て逆上。「なんだこんなもの!」と泣きながら言ってハサミで自分のツナギを切り裂いた。洗濯方法改めて普通に洗ってくれればいいのに、こうした極端なリアクションになってしまうのがなんともTさんだったが、なんとなく誰がやったかわかったのだろう、Tさんはそれ以来俺に会っても死んだ目のままで、浅井さんの話はしてくれなくなったのだった。それはそれで少し淋しくもあった。

 俺自身、いまはプロレスを観なくなり、Tさんを後楽園ホールで見かけることもなくなった。きっといまも後楽園ホールに行けばあのデカイ体にちっちゃなショルダーバッグを肩から下げて、普通にそこにいる気がする。

ビルの窓拭きのバイト仲間と。Tさんの写真はない。Tさんごめん今度会ったらなんかおごります(後楽園ホールのカップヌードルとか)
夏場、半袖のツナギを着て作業するので日焼け止め塗ってても腕&顔は真っ黒。肉体労働に夏は厳しい。ブランコ数本降りる頃には汗でお腹が冷えて下痢することもよくありました

【著者紹介】

掟ポルシェ
(Okite Porsche)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社刊)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン5刊)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど、活動は多岐にわたるが、なかでも独自の視点からのアイドル評論には定評があり、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。

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