「嫌だったMIND YOUR STEPレコーディング(後編)~SNAIL RAMPの作り方・49」~タケムラ アキラ『炎上くらいしてみたい』
1990年代後半から2000年代のバンドシーンを牽引したSNAIL RAMPのフロントマンであり、キックボクシングで日本チャンピオンにまで上り詰めたタケムラ アキラが書きたいことを超ダラダラ綴っていく新連載!
前回から引き続き、SNAIL RAMPのセカンドシングル『MIND YOUR STEP!』を俺は嫌々レコーディングしたという話。嫌々とは言っても曲が嫌だったのではなく、「レコーディングという作業自体」がイヤだったことは言っておきたい。
そもそも俺は全般的に音楽が不得意なのだが、なかでも「歌う」のが一番の苦手だった。そう、俺は軽い音痴であったし、声での表現が思うようにできず、頭のなかには「歌としての表現」イメージがあってもそれを実際の歌唱で再現する技量がなかった。それが上手くできないから何回もテイクを繰り返した挙句、新鮮味のないテイクになってしまったり、ひどいときには歌いすぎで喉を潰し、その日の歌録りを中止した前科もあった。
俺にとってレコーディングの歌録りは、15点くらいしか取れないテストを授業参観日に皆の面前で実施されるようなものだった。しかし「苦手」で済まされるものではない。エイヤッ!と気合でボーカル録りのブースに飛び込み、とにかく全力で歌った。やりたいとかやりたくないとかは捨て置き、無心で歌い、録っていった。
この『MIND YOUR STEP!』はギターの米田が作った曲で、それを俺が歌ったのだが、この歌録りの最中には米田からこんなリクエストがあった。
「タケちゃんさ、もっとシャキシャキ歌ってみて」
え? シャキシャキ……? その意味がよくわからなかったが、何となくシャキシャキ感を出して歌ってみた。
「そうそう、そんな感じなんだけど、もういっそのことカタカナ英語で歌って」
と初めてのリクエストがきた。俺たちは別に英語が喋れるわけではないのでそもそもがカタカナ英語なんだろうが、より一層のカタカナ英語を米田は求めているらしかった。
そこで俺は英文を頭のなかですべてカタカナに置き換えて、もろの日本語英語で歌ってみた。
「オッケーオッケー、それがいいや」
もう何が良いとか悪いとかもよくわからなくなってはいたが、作った米田が満足しているならそれでいいのだろう。とにかく必要以上といっていいくらいシャキシャキ、元気に歌ってみた。
「歌う」というか「声を出す」という行為、実はとても体力を消耗するもので、身体は次第に疲労感に満たされていった。「体力と集中力もここらが限界かも……」と思い始めた頃「これで大体録れたかなぁ。オッケーじゃない?」という声が、皆がいるコンソールルームから届いた。
「よかった……」
苦行から解放された俺はグッタリ。そして心底ホッとしながらレコーディングエンジニアやメンバー、スタッフのいるコンソールルームへ戻っていった。ここで1曲を通して聴き直し、歌い直したほうがいい箇所はないかチェックをする。それでOKであればボーカル録りは終了だ。
「じゃあ、竹ちゃん聴く?」と誰かに声を掛けられたので、俺は「ううん。聴かない」と答えた。「え! 聴かなくていいの!?」と驚かれたが、「録ってるのをみんな聴いててくれて、OK出たんでしょ? それで大丈夫だよ」と俺は答えて、その日のボーカル録りを終了してしまった。
今考えるとホント意味わかんない行動だし、よく誰も怒りださなかったよなぁと思うのだが、とにかく、1秒でも早く俺はレコーディングから離れたかったのだ。実際、俺はその足でスタジオを出てそのまま帰宅までしている。
しかし、そのツケは思わぬ形で回ってくる。
まったくの予想外にそのマキシシングル『MIND YOUR STEP!』は支持され、あれよあれよという間に10万枚、20万枚、30万枚とセールスを伸ばした。おかげで「曲を頻繁に耳にするよ」と友達から連絡がきたりもしていたが、俺は目の前のスケジュールをこなすのに精いっぱいでそんな実感はまるでなかった。
そんなある日、下北沢の街中を歩いている俺の耳に飛び込んできたのは、商店街のスピーカーから流れてくる『MIND YOUR STEP!』だった。
俺は自分の作品を聴き直したりもあまりしないので、「あー、聴くのは久しぶりだな」と思った瞬間、血の気が引くのがわかった。
「音外してんじゃん……」
「ニュアンスが納得いかない」とか「もうちょっとこうすりゃよかったな」ではなく、明らかに低いピッチ、しかも重要な部分なのに不安定極まりなく歌ってる箇所があった。そんな歌が、下北沢の商店街スピーカーから結構な音量で流されていている。
もう走って逃げ出したくなったし、スピーカーをひとつひとつ叩き壊して回りたくなった。その後もラジオから流れてきたり、道行く車から大音量で聴こえてくるたびに「ううう……」と思ったが、もう取り返しはつかない。自分が撒いたタネなのだ。
結局、以後も俺のレコーディング嫌いが治ることはなかったが「イヤでも逃げずにベストを尽くす」ことを徹底するようにはなった。
あの『MIND YOUR STEP!』はバンドの分岐点のひとつであったが、俺の「プロ」としての意識の分岐点にもなった作品だった。