眠るように終焉を告げた天才たちのラスト作/ABBA『ザ・ヴィジターズ』 平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第24回:眠るように終焉を告げた天才たちのラスト作/ABBA『ザ・ヴィジターズ』
今回ご紹介するのはこちら。
ABBA『ザ・ヴィジターズ』(1981年)
テレビやラジオ、街中でもそう。いつの時代も彼らの音楽はどこかで必ず流れている。スウェーデンが生んだポップミュージックの究極形。最近はミュージカル『マンマ・ミーア!』でも有名。おそらく洋楽アーティストのCDでいえばどこの家庭でも実家にカーペンターズかABBAどちらかのベストアルバムは置いていたのではないか。
彼らがポップミュージックの究極形たる所以は何といっても楽曲がキャッチーであること。それもカーペンターズのようにどこか哀愁の要素がありノスタルジックな感傷に浸るようなタイプではなく、『ダンシング・クイーン』に代表されるように、自然と体が動き出してしまいそうな明るさ、つい一緒に歌いたくなるポジティブさが彼らの楽曲にはある。まさに老若男女世代時代を問わず愛される、真の意味で普遍的な音楽だと思う。しかもこの手の音楽は頑固な音楽ファンからは商業的で芸術性は低い、などと文句を言われるのが常なのだが、意外にもABBAに対してそういった声はほとんど聞かない。おそらくそういう頑固な音楽ファンすらも黙らせるほどの力がABBAの音楽にはあるのだ。そりゃあそうだ。『ダンシング・クイーン』なんて頭のなかで再生するだけで涙がこぼれそうになる。きっと全人類がそうなのではないか? 彼らの音楽には商業的だなんだという理屈など吹き飛ばすほどのパワーがあるのだ(ある意味ビートルズだってそうだと思う)。何しろあのロック界きっての頑固オヤジであるリッチー・ブラックモアが堂々と彼らのファンであることを公言しているのだからすごい。あの口を開けば誰かの悪口ばっか吐いている、ギター以上に性格にディストーションがかかっている頑固オヤジがである。
そんな誰もが聴いたことのある素晴らしい楽曲をいくつも生み出してきたABBAも、実は意外と長続きはしなかった。今回紹介するアルバム『ザ・ヴィジターズ』は彼らの解散間近に発売されたラストアルバムである。彼らの音楽性を考えるとちょっとつらい事実だが、このときメンバー同士の関係があまりうまくいっていなかったようで、ABBAにしては少々暗い要素も感じられるアルバムである。事実『ダンシング・クイーン』や『マンマ・ミーア』のような誰もが聴いたことのあるような有名曲は入っていない。
しかしそこはやはりABBA。さんざん説明したように彼らは結局ただの天才である。1曲1曲のレベルは非常に高く、彼ららしいポップさも美しいメロディもしっかりと味わえる名盤だ(『スリッピング・スルー・マイ・フィンガーズ』のメロディに感動しない日本人は多分いない)。
しかしジャケットはやはりラストアルバムだけあって過去のアルバムのような華やかさはない。薄暗い暖色の照明の部屋に4人。静かな空間である。背後の宗教画(?)の存在もありどこか神聖な雰囲気すらも感じさせるが、意味ありげな4人の目線など、いろいろ考えさせられてしまう。しかし間違いなく言えるのは絵画のように美しいジャケットだということだ。
『ザ・ヴィジターズ』はABBAにしてはあまり大きなヒットとはならなかったようで、華々しく解散するというよりはジャケットのように静かに眠るように終焉を告げたアルバムとなった。だがABBAの普遍的な魅力を湛えた音楽は現代の人々の心にも届き、今でも街中で彼らの音楽は鳴り続けている。そしてこの先100年後200年後でさえもきっと。
もし明日世界が滅ぶというなら、最後に聴きたいのは『ダンシング・クイーン』かもしれない。