引きの美学を根底にもつ日本人が目指すべき領域はここだ~チェット・アトキンス『Almost Alone』~平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)連載
音楽と絵画を愛するお笑い芸人・平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)が美術館の館長となり、自身が所持する数々のCDジャケットのなかから絵画的に見て優れているもの、時に珍しいものをご紹介する連載。
第118回:引きの美学を根底にもつ日本人が目指すべき領域はここだ
今回ご紹介するのはこちら。
チェット・アトキンス『Almost Alone』(1996年)
今週も100回記念ディスクユニオンセコセコショッピング企画(https://33man.jp/article/column38/009021.html)にて購入したなかから。今回はカントリー界のギターレジェンド、チェット・アトキンス大師匠を。
僕はカントリー、ブルーグラス方面の音楽自体はもともと大好きだが、それほど造詣が深いわけではない。しかしロックを主食としながらもチェット・アトキンスという名前は聞く機会が多かった。つまりロックミュージシャンにも大きな影響を与えたギタリストということである。
結論から言ってしまおう。多分これセコセコショッピングで購入した17枚のなかでも個人的に1位のアルバムになると思う。まだすべて聴いたわけではないが、それでもそう言い切ってしまえるほど『almost alone』は素晴らしい。
まず全編にわたってほとんどギター1本のみというシンプルさがいい。別にボーカルが入っていてもいいのだが、ギターが最大の魅力であることは事実なので、ギターの音をより多く聴かせてくれるのは単純にありがたい。クラシックギターの影響を受けているということなのでところどころにその風味は感じられ、やや唐突にクラシカルなストリングスも登場したりする。
優しく穏やかで、刺激的な要素など皆無の世界である。昼下がりのカフェなんかでかかっていたら心地良さそうと思う人も多い気がする。岡本太郎が嫌いそうな芸術だ。
持論だが僕は岡本太郎の作品は好きだし爆発的な芸術も素晴らしいと思う反面、人に「心地良い」と思わせることがどれだけすごいことかというのを説いていきたい。それははっきり言って刺激的なものを見せるよりもはるかに難しいことなのだ。よく名人級の落語ほど聴いていて眠くなるというが、それは聴き手が心地良いと感じているからに他ならない。もちろんそれはただの「退屈」とは紙一重で全然違うものなのでそのあたりの違いも判断できようにならなければいけない(ひとつの判断基準として心地良いと感じるものにはある種の音楽的なリズム感やグルーヴ感があったりする)。
『almost alone』は聴き流すだけでも心地良い作品だが、しっかり向き合って聴くとギターの音ひとつひとつがクリスタルのような輝きを放っていることがわかるはずだ。爆発的な芸術のようにあほでも気づけるほどのわかりやすさはないが、大仰にその技を見せつけようとしない、なんとも粋な表現であり、元来引きの美学を根底にもつ日本人が真に目指すべき領域はここだと僕は思うのだ。この表現のひとつの到達点とも言える『almost alone』をあらゆるジャンルの表現者に聴いてもらいたい。
好きなギタリストなど数え挙げればキリがないほどに多いが、チェット・アトキンスは今後どうやら3人以内に名前を挙げられそうである。400円で最高の出会い。これだからセコセコショッピングはやめられない。
何だか中身の話ばかりで肝心のジャケットについて触れるのを忘れていた。ジャケットも最高だね!
また来週。