【掟ポルシェの食尽族】第13回:舌で味わうグラインドコア! 狂ったようにドハマりした『ラーメン凪』の魅力

連載・コラム

[2020/7/31 12:00]

自称「食べもののことになると人格が変わる」ほど食に執心する“食尽族”でミュージシャンの掟ポルシェ(ロマンポルシェ。、ド・ロドロシテル)が、実際に食べてみて感動するほど美味しかったものや、はたまた頭にくるほどマズかったもの、食にまつわるエピソードについて綴る連載。読んで味わうグルメコラムがここに!


第13回:舌で味わうグラインドコア! 狂ったようにドハマりした『ラーメン凪』の魅力


1990年代に洗礼を受けた某東京ラーメンの思い出

 時は1990年代中盤。バイト先のペンキ屋の友だちと何人かで、中央線のとある駅の近くで酒飲んだ帰りのこと。まぁ誰かが「ラーメン食ってかねえ?」と。俺も若い頃はあの“飲んだシメにラーメン食べる”ってのが胃袋的にも気持ち的にもあんまり理解できず著しく気が乗らなかったんですけども、まぁ世の中飲んだシメはラーメンが多数派、仕方なくたまたまみっけたプレハブ小屋(3びきのこぶたブーフーウーで言ったらフーとウーの間くらい、狼がちょっと本気出したら吐息で吹き飛ばせるぐらいの感じの店を思い浮かべてください)みてえな素っ気ない店構えのラーメン屋に入店し、普通に醤油ラーメンを注文。で、夜遅くて客がほかにいないからなのか、店主がラーメン作りながら俺たち若造客に話しかけてくる。
 「息子がね、いま海外に留学してましてね……それで、現地に住んでる私の古い友人の日本の方にお世話になってるんですけど。この間、国際電話がかかってきましてね。『●●ちゃん(店主の名前)、息子さんもこっちにいることだ、△△(国名)に移住してラーメン屋やらないか』って言うんですよね。『俺たちが住んでる辺りには日本人も多く住んでるし、なんせ●●ちゃんの腕前だ、こっちで店開いても絶対成功する。どうだい、△△(国名)でラーメン屋やってくれないか』って言われてね。確かに自分の腕が海外に通用するなんて言われたらね、そりゃちょっとは考えましたよ。でもね、俺はね、今いる日本の、この町の人たちのことが大好きなんですよ。だからね、本当にありがたい話なんだけども、お断りしました……。この町の人たち、ホント皆さん心があったかい。だから、俺は一生、大好きなこの町で、ずっとがんばっていこうと思ってるんですよね……ヘイ、ラーメンおまちどう」
 そう言って出されたラーメン。海外で出されても通用すると言われたラーメンを、一口。

<【掟ポルシェの食尽族】第12回:掟料理に欠かせない“ちょっといい調味料”>

 …………スープが、お湯。塩気も旨味も、皆無。麺、茹ですぎでビロビロ。控えめに言って激マズ。なんだこりゃ…………。

 もう、そっから俺たち顔見合わせちゃって、苦笑が止まらなくなりましてね。みんな若くて金持ってないからそのお湯スープのラーメンでももったいないってんで一応全部食べました。で、店出て誰からともなく、「スープ、あれ、お湯だよな?」、「あ、やっぱり味なかった?」、「味、ない」、「●●ちゃんの腕前なら海外でも絶対成功するって言うから、どんだけ美味いラーメン出てくんのかと思ったら(苦笑)……」、「スープお湯な(苦笑)……」、「麺ビロビロでな(苦笑)……」。そっから全員ずっとニヤニヤが止まらず、腕組みして首を捻りながら帰りました。なんか、質の高いコントでも見せられているような気持ちになったことを覚えています。いや、参りましたねあのときは。

 これね、俺たちにとっては「初めて行ったラーメン屋の店主が、妙な自慢話をして味のハードルを散々上げておいて、オチみたいにマズいラーメンを出してきた」って話なんですけども、この店実は今も存在していまして。これがね、なんと某食べログでもそれなりに高評価なんですよ。もちろん、ラーメンマニアが遠くから駆けつけるような店ではなく、地元で生まれ育った人間が酒飲んだあとで食って帰るのに丁度いい「普段遣いの人気店」として、マジで地元の人だけに愛されてる。そのときラーメン屋に行ったのは、北海道出身の俺、友だちは山口県の奴と長崎県の奴で、生まれ育った地方のラーメンはもっと味が濃い。関東近県出身者ではない俺たちには、この東京ラーメンのスッキリした淡麗な味わいも「味がしねえ」になってしまうわけで。あれ食って美味いと言う人がいること自体本気で信じられない。実際、あの店によく行くという人の実食動画とかもあってそれ見たんですが、「あったまる」とか「なんかいい」とか「なんとなく夜中に食べたくなる」と、店主の目の前だからとはいえ味の評価を一切しないという不気味っぷりで。挙句の果ては「人を誘うと断られる」とまで言ってて、一体なんなんだろうなと。飯をセレクトするモチベーションが美味い・マズいではなく「自分にとって丁度いい」という謎な価値観があるということを知り、割と衝撃を受けています。町中華ブームの昨今、テレビや雑誌で東京ラーメンが紹介され、「ああ、これだこれ」という味の的を射ない感想しかなかった場合、あのプレハブ小屋の味のないラーメン屋のお湯スープとビロビロ麺を思い出し、迂闊にうかがってガッカリしないよう、踏みとどまるのです。

 そんなんだからでしょうか、実は10年くらい前まで、ラーメンという食べもの自体、そんなに好きじゃなくてですね。ラヲタ(ラーメンヲタク)でもなんでもない、ここ数年でやたらラーメン屋に行くようになった程度の自分みたいな者が言うのは無知をさらけ出すようで気が引けますけども、1990年代の東京はオーソドックスな東京ラーメンがまだまだ幅を利かせていて、刺激のない薄味の醤油ラーメンがそこら中にあり、どうにもピリッとしない料理に見えてしょうがなかったわけです。キツめの塩味が斬新だった新宿の桂花にはよく行きましたがあれも熊本ラーメンだし、ドラム缶ラーメンで有名な六本木の天鳳がやはり札幌の店の支店だったり、自分が美味いと思うラーメン屋はよその土地の料理であることがほとんどでした。北海道っぽい店名をつけたチェーン店のラーメン屋にも行きましたが、ことごとく東京風に薄味にされてしまっていて、これじゃない感がハンパなかった。そんなわけなんで、ラーメンは好きな食べもののうちに入らず、美味いラーメン店を探して食べ歩くなんてこともまずなかったのです。
 音楽の好みと食の好みは、自分の場合とても似たところがあります。パンクやニューウェーブなど、刺激を感じるものに強く惹かれる傾向があり、玄人好みの大人な音作りの薄味な音楽はほぼ理解できません。耳でも舌でも「なんだこれは! こんなの今まで体験したことがない!」と、ショックを受けることが好きになる前提です。

2011年、衝撃を受けた『ラーメン凪』との出会い

 そして時は流れて2011年6月。仕事の帰りにいつものように新宿ゴールデン街で酒を飲み、一緒に行ったディレクターから「このあと、ラーメン食べに行きませんか?」と誘われました。“酒を飲んだシメにラーメンが食べたくなる”という気持ちが一切理解できないのは1990年代から続行中、全然興味がわかなかったんですが、ディレクター氏から、「すごい味なんですよ。異常に濃厚で、とにかく衝撃受けますよ」と劇的にリコメンドされ、衝撃的なのにとても弱い性質なので行ってみることに。それがラーメン凪との出会いでした。この日を境に俺はラーメンという食品が好きになり、狂ったように通うようになるのです。
 飲食店のうち“飲む店”ばかりで“食べる店”があまりない夜の盛り場・新宿ゴールデン街。元青線地帯だった名残りで店舗の面積も小さく、ラーメン屋の立地としてはいささか不似合いな一角にラーメン凪はありました。時間帯に関わらずいつも行列が出来ていて、店先には「我が煮干しに一片の悔い無し」と、おかしなことを堂々宣言している看板が。うん、この異常性嫌いじゃない。で、10人待ちくらいのあとこれほぼ梯子じゃねえかってくらい急な階段を登って2階に入店。煮干しラーメンの食券買ってすげえ激狭な店内、必死であいてる椅子を見つけて着席。ほどなくして出てきた煮干しラーメン、汁が恐ろしいまでに濃いダークブラウン、妊婦の乳首かってくらいのドス茶色。あの忌まわしき東京ラーメンも多くは煮干し出汁のはずですが、これはスープの透明度がゼロ以下、俺が知ってる煮干しラーメンとは見た目からしてまったく別物です。そして、ついに実食。

 「なんじゃこりゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 煮干しが煮詰められ凝縮されまくり、もう手づかみにした鰹節をそのままガッと口に放り込まれたような味わったことのない新感覚濃厚味! 魚の煮干し特有の酸味と苦味等エグ味となる成分を旨味の重要な要素として過剰に際立てて使用し、魚の強烈な風味に負けない豊穣な美味さの醤油をこれまたとんでもない量入れてあり、このやりすぎ煮干しスープがもうひと言で言って「なんじゃこりゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」としか言えない!! 縮れたリングイネのような太麺が芯が残らないギリの固茹でで入り、トゥーマッチ抽出煮干しスープを全力でリフトアップし舌から喉、更には脳に刺激を大量に送り込む!!!! こんなの食ったことない!!!! このラーメンを音楽に例えるなら、既存の価値を破壊したパンクロック、さらにそれを高速化して先鋭化したハードコアパンク、いや、その究極型であるグラインドコアだ! ラーメン凪は舌で味わうナパーム・デスなのであり、ラーメンという食品をこれでもかと突き詰めたエクストリーム・煮干し・テラーだったのです。俺が今まで食べていたのはラーメンではなかったのかもしれない、そう思うぐらい。
 熱狂しやすい性格故、そこから週3ペースで凪のラーメンにハマります。これはもう完全に中毒、凪のラーメンがないと生きていけない凪ジャンキーです。店員さんの(あ、この客昼も来たけど夜も来んのか)という軽度の呆れ笑顔が心地よいです。新宿に仕事とか用事とか出来るだけねじ込むようになり、深夜酒飲んだあともどこで飲んでても新宿ゴールデン街経由で凪のラーメン食って帰ります。飲んだシメはラーメン! ただし凪で! それ以外は認めん!

生活に密着するレベルで狂ったようにドハマり!

 ラーメン凪にハマりはじめて2ヶ月ぐらい後だったでしょうか、とんでもないことが起こります。月替りの限定煮干しラーメン1日10食! これがまた美味いのなんの(泣)。鯖煮干しラーメンに始まり、翌月の鰹出汁のぶっかけ釜玉はなんと毎日24時から販売! なにその時間設定! だが、当然行くんじゃい! その結果、深夜にラーメン食うためだけに新宿に行くようになり、ラーメン食ってから新宿ゴールデン街を飲み歩き、酷いときには飲んだシメで明け方もう一度ラーメン凪に戻って半分寝ながらおやすみラーメンいただきます! そんなことを数ヶ月続けたら見事に短期間で体重が5キロ増。でもしょうがないの今を逃したらこのラーメンは永遠に食べられないのだから(狂)!
 当時ゴールデン街のラーメン凪には新商品開発担当のバンタム氏(学生時代ラヲタとボクシングを並行してやっていたというどうかしている人物。ラーメン作りにかけては天才すぎて普通の味のラーメンをあまり出したがらない)がいて、彼が食べたことのない新味の美味いラーメンを連発していて、本気でヤバかったです。起きてる時間結構な分数凪のラーメンのことを考えてるときがありました。もう麻薬成分入ってんじゃないのぐらい。吉田豪がその頃ラーメン凪にハマりすぎた俺のことを「ミスター凪っ子」と呼びだしたり等、生活に密着するレベルでハマり、これはもうラーメン凪に就職するか、そうでなければ背中にラーメン凪の刺青彫らないとダメなんじゃないかくらいに思ってました。いや、結構本気で。
 社長の生田さんはかなりの敏腕経営者で、俺が行き始めた2011年頃ぐらいから国内外に多くの支店を展開。中国シンガポールフィリピン等のアジア圏とアメリカにとんこつラーメンの『ラーメン凪 豚王』を31店舗、東京埼玉福岡に煮干し主体の『ラーメン凪』を12店舗+その他2店舗と、なんと45軒のラーメン凪支店を経営。ラーメン凪のブランドを世界的に広めていったすごい人なのですが、実際お会いすると発想が飛びすぎていて宇宙人のよう。そう、俺が大好きなタイプのすごく変わった人です。数年前には「空飛ぶラーメンってのはどう!?」と突然言い出し社員含めまわり全員が困惑。が、実際福岡空港に出した支店では最新鋭のタッチパネルで注文したラーメンが頭上の結構高いところにあるレールをチョッパヤの速度で流れてきて提供される形で“空飛ぶ(?)ラーメン”をすぐ実現。やはりこういう宇宙人みたいな方だからこんな従来のラーメンとは違ったパンチありすぎなラーメンを作れるんだなと思わされた次第です。ラーメン凪のファンは絶対生田さんに会ったほうがいいと思う。あのラーメンどおりのエクストリームな人が出てきますので!
 そのほか、コロナ禍の時代を生き抜くため、お店そのままの味の冷凍ラーメンをいち早く開発、冷凍ラーメン通販サイト『RAMEN STOCK(ラーメンストック)』を開始。店に行きたくても行けない人にまで凪のラーメンを届ける努力をしていて、本当に頭が下がります。生田社長、機を見るに敏で、経営者として本当にすごい人だと思います。もちろん味もすごいですよ!
 もしラーメン凪に出会っていなければ、ラーメンという食べものそのものに興味を持つこともなかったのではないかと思います。そのくらい自分の食べ物史の中では重要なお店なのです。

週3で通ってた頃の凪のラーメンの写真。ガラケーのカメラで撮ってるのでボケボケで恐縮ですが、もう写真撮るの待ちきれなくていつもこんなんなっちゃう
来来亭のように、ラーメンの味を自分好みにカスタマイズできるのも魅力。俺は麺柔め、味普通、油多め、銀ダレ抜き(昔食べ始めた頃のラーメン凪の味に近づけるよう、あえて銀ダレ抜いてもらってます)で注文。醤油も美味いが塩も美味いので、醤油と塩の中間で頼むことが多いです。よくばり!
(なんか近未来っぽい出方をしてくるラーメン凪福岡空港店にて。コロナ禍で集客苦戦中なので、福岡へお越しの際はみなさんぜひ!)

掟ポルシェ 通販サイト開店!

『掟ポルシェ泥棒市場』https://okite.theshop.jp/

掟ポルシェ

おきてぽるしぇ●1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー、これまで『盗んだバイクで天城越え』ほか、8枚のCDをリリース。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『TV Bros.』、『別冊少年チャンピオン』など多数。著書に『説教番長 どなりつけハンター』(文芸春秋社)、『男道コーチ屋稼業』(マガジン・ファイブ)、『出し逃げ』(おおかみ書房)、『男の!ヤバすぎバイト列伝』(リットーミュージック)、『豪傑っぽいの好き』(ガイドワークス)がある。そのほか、俳優、声優、DJなど活動は多岐にわたるが、ここ数年はアイドル関連の仕事も多く、イベントの司会や楽曲のリミックスも手がける。